第91回 「団体交渉への対応」
弁護士の内田です。
デスクで仕事をしていると小さい虫が飛んできて不快になることがありましたので、コンパクトな食虫植物(×2)を購入してデスク上に置いています。
今年の7月から置いているのですが、彼らが自力で虫を捕獲しているところは見たことがありません。
こちらで弱った小さな虫を食べさせる、水やりをするなどして世話をしていると不思議と愛着も湧くもので、
冬に入るともはやお役目もなくなってきますが、引き続き世話はしたいと思います。デスクに緑があると気持ち癒されるという効果も実感しているところです。
さて、本日のテーマは「団体交渉への対応」です。
現在、アメリカで全米自動車労組が大規模なストライキを行っていますね。あれも団体交渉を実効的にならしめるための手段といえます。
団体交渉とは、労働組合が会社に対して賃金等の労働条件について交渉を行うことですが、会社はこれを正当な理由なく拒否することができません(労働組合法第7条2号)。「不当労働行為」といって違法になります。
労働組合というと会社内の組合というイメージもあるかと思いますが、ユニオンと言われる外部団体からの団体交渉の申入れも相当数あります。
団体交渉になれていない経営者は、労働組合(まして外部の団体)から「団体交渉申入書」などの書面を受け取ると戸惑ってしまうものです。上述のとおり拒否はできませんから交渉には応じなければなりません。
ときとして、団体交渉申入書には「貴社のやっていることは違法である。」「要求が応じられなければ法的措置を採ることも辞さない。」など過激な言葉が使用されることもあり、本当は違法ではない(若しくは違法かどうかは判決をもらってみないと分からない)にもかかわらず言われるままに要求を呑んでしまっている経営者も一定数見受けられます。
団体交渉は奥深く、本記事でその全てを解説することは出来ませんが、団体交渉になった場合に知っておいていただきたい3つのポイントに絞って解説します。
まず、第一のポイントですが、団体交渉に応じる義務はありますが、「要求を受け入れる義務」はありません。交渉の席に座る必要はありますが、組合の要求を呑む義務はないということです。
不誠実交渉といって、座るだけで開示可能な資料を正当な理由なく開示しなかったり、相手の意見を全く無視するような態度は違法と評価されますが、相当の根拠を示して会社の意見を述べて要求を拒否することは許されます。
また、議論が平行線になってもはやこれ以上議論しても妥結の余地はないというような状況に至れば、交渉を打ち切ることも許されています。
第二のポイントは、組合の要求が「違法を指摘するものであるか。また、そうだとすれば本当に違法なのか」を判断することです。
違法を指摘するものであって本当に違法なのであれば、当然、その違法状態は是正すべきということになります。典型的には残業させているのに法定の支払免除事由がないにもかかわらず残業代を払っていないというような場合です。
しかし、実際にはこの例のように「100%違法」と明確に言い切れることは少ないです。解雇が有効か無効かのように、「裁判をやって判決をもらってみないと分からない。」というグレーな問題が議題に上程されることの方が多く、その場合、会社は全く闘うことなく白旗を上げる必要はありません。勿論、抽象的な法律要件の該当性を巡る争いには必ず一定のリスクがありますから、そのリスクを考慮して団体交渉の場での和解を検討するのは良いでしょう。
なお、要求が違法を指摘するものでもなく、たとえば「制服をもっと質の高いのにして欲しい。」といった「お願い」に過ぎないものであれば、組合側の主張も考慮した上で最終的には経営判断として決めれば足ります。
第三のポイントは、不当労働行為と認定された場合のリスクを知る、です。
新型コロナウイルスが蔓延し始めた際、よく「正しく恐れる」必要があるとメディアでは言われていましたが、それは不当労働行為にも言えます。
団体交渉の拒否等が不当労働行為に該当する場合、組合は労働委員会に救済命令の申立てを行い、そこで組合側の主張が容れられると「救済命令」という命令がなされます。
不誠実交渉に対する救済命令の内容としては、「本命令受領後2週間以内に申立人(組合)と誠実に団体交渉を行うこと」「本命令受領後2週間以内に下記の文書(不当労働行為と認定されました、以後、気を付けます、といった内容)を掲載し、見やすい場所に10日間掲示すること」というものが多いです。
この命令に違反した場合には、「50万円以下の過料」が課され、救済命令を取消訴訟という訴訟で争ってなお負けたにもかかわらず違反した場合は「1年以下の禁固もしくは100万円以下の罰金刑」が科されます。
以上のとおり、仮に労働委員会で不当労働行為と認定された場合であっても、「組合の要求を呑め」とか即刑事罰等が科されるわけではありません。
実のところ、議論が平行線になってこれ以上議論しても妥結できないという判断や団体交渉に対する態度が「誠実か」という点も抽象的なところで、究極的には労働委員会なり裁判所なりの判断を得ないと確定しないことが多いです。
リスクは上述したとおりなので、会社側としては闘うべきときは過度に恐れずに闘うという姿勢が大切です。
いかがだったでしょうか。
団体交渉初期は労使の関係が険悪になるものですが、時の経過にしたがって関係性が元に戻る以上に良くなるケースもあります。
たとえば、初期は交渉に対する慣れの問題もあるかと思いますが、組合からの要求が「手当を増やせ。」だけでそれを会社が呑むメリットが全く提示されない(理由も「生活が苦しい」など主観的なものが多い)ことも少なくありませんが、月日を重ねてくると「この手当が創設されると積極的に〇〇の仕事を担当する人も増えるだろうから会社にもメリットがあるはずだ」といった会社側のメリットの提示がなされるようになったり、理由付けも客観的で「なるほど」と思わされるものが示されるようになります。
平素から労使が良好なコミュニケーションを取れていれば、そもそも団体交渉は必要にならないものです。本記事を機に、自社の労使コミュニケーションが良好なものになっているのか今一度点検されてみてはいかがでしょうか。
以上