第93回「会社法第429条責任(取締役の第三者責任)について」

弁護士の内田です。

 

 ようやく寒くなってきましたね。年々、春と秋が短くなってきている気がします。地球温暖化の影響でしょうか。

 

 求職者の面接をすることがあるのですが、履歴書や数分の面接では適正を見抜けないものです。本を購入して「こういう質問をした方がよい。」というノウハウについては学んでいるのですが、求職者も同じような本を読んでいるのか、大体の場合それなりの回答が返ってきます。

 たかが数分の面接ですらボロが出るようなら失格ということはできるかと思いますが、失格にならなかったからといってミスマッチが生じないとも限りません。

 

 企業法務に携わる方はご存知のとおり、採用のミスマッチが生じた際のリスクは非常に大きいです。

 現在、我が国は全体的に人手不足の傾向にありますが、それでもやはり採用には十分なコスト(金・時間・労力)をかけてミスマッチを回避すべきだと思います。

 

 一方、採用した人が自社で活躍し、仲間からの良い評判などを聞くと嬉しいものです。業種により程度の差はあれ、やはり競争力の源泉は「人」です。

 企業人としては、常に人を見極める力を磨いておきたいところです。

 

 

 さて、本日のテーマは「会社法第429条責任(取締役の第三者責任)について」です。

 取締役には会社法上様々な義務が課せられていますが、とりわけ取締役にとって怖い(重い)のは会社法第429条の責任です。次のとおり、第1項だけ引用しておきます。

 

(役員等の第三者に対する損害賠償責任)

 第四百二十九条 「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」

 

 簡単に言えば、わざと、又は著しい不注意で、他の人(会社)に損害を被らせた場合には、その損害の賠償責任を負いますよいうことです。

 

 昨今、賃金や割増賃金(残業代)の未払いについて、代表取締役個人の責任を肯定する裁判例が増えています。今回は、最新裁判例として名古屋高裁金沢支部令和5年2月22日判決をご紹介します。

 

 事案は、代表取締役Yが社会保険労務士に相談の上、従業員Xを管理監督者(労働基準法第41条2号)に指定し、割増賃金(いわゆる残業代)を支払っていなかったというものです。管理監督者に指定された際、Xの賃金は月21万円から月34万円と6割以上増えていました。

 

 お察しの方もいらっしゃるかと思いますが、中小企業においては管理監督者と認められることはほとんどなく、本事案でもXは管理監督者に当たらないと認定されています。

 一応、おさらいにはなりますが、管理監督者は①経営者と一体的な立場にあり、労働時間等に関する規制を超えて労働することが要請されるような重要な職務と責任を有しているか②出退社や勤務時間について厳格な制限を受けておらず、ある程度の自由裁量が認められているか③時間外割増賃金等を支給されない代わりにそれに見合った待遇を受けているかといった要素を総合考慮して認定されます。本事案では、平日の始業時間がほぼ同じ時間であったことやシフトに組み込まれていたこと、賃金も過去の支給実績や一般的な平均賃金に比べてそれほど高額ともいえないこと、などの理由から管理監督者には当たらないと一蹴されています。

 

 会社が従業員の管理監督者性を裁判所から否定されて割増賃金を遡って支払うよう命じられることは珍しくないのですが(上記事案では221万円強でした。)、最近は代表取締役個人に対しても未払割増賃金の支払いが命じられます。

 上記事案では、裁判所は、顧問社会保険労務士に管理監督者とはどのような立場の者なのか、Xの業務が管理監督者にふさわしいかなどを相談していなかったことを理由に「重大な過失(著しい不注意)」があると認定して、会社法第429条に基づき賠償を命じています。

 

 これを見られている取締役の方は「厳しすぎないか?」と思われたのではないでしょうか。

 私もそう思います。

 裁判所の言うとおり、確かに管理監督者と認められる要件や自社業務への当てはめについて踏み込んで質問しなかった落ち度があったとはいえ(「過失」はあるとはいえ)、「重」過失とまで言えるかというと疑問です。会社法355条は「取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し」と明示的に法律を守れと規定しているので、裁判所が取締役の法令違反に対して厳しい態度をもって臨むのはしょうがないのですが、そうは言っても・・・です。

 

 会社・取引規模が大きければ大きいほど、法令違反行為により第三者に被らせうる損害額も巨額になり得ます(東電の旧経営陣に13兆円の賠償を命じる判決があったことは記憶に新しいところですね。)。

 取締役は民法、商法、会社法、労働基準法、労働契約法などといったどのような業種であれ関係する法令に関する基本的な知識に加えて、自らが属する業界に固有の法律(建築基準法、宅建業法、食品衛生法など)にもある程度精通しなければなりません。

 

 法律に精通というと非常にハードルが高いのですが、本事案の「管理監督者」ようにリスクになりやすい制度は大体決まっています。企業法務としては、まずはそういった重要ポイントについて絞って自社の診断をするのが良いでしょう。

 

 

 いかがだったでしょうか。

 

 コンプライアンスに厳しい時代になりつつあります。攻めだけではなく「守り」にも経営資源を分配しつつ、会社の安定的な成長を図りたいところです。

 

以上

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