第96回 隠れた法改正「労働条件の明確化」
法改正(労働条件の明示)
弁護士の内田です。
子供のころは花粉症で目と鼻が大変なことになっていたのですが、大人になってからは症状が緩やかになり「耐性ができたのか。」と思っていました。
ところが、今年はまた症状がひどくなっています。
花粉症でない人も一定量以上の花粉が体内に入ると花粉症を発症するということをよく聞きますが、このことは花粉の種類ごとに当てはまるのかもしれません。
もっといえば、アレルギー反応の原因となる物質は花粉に限られないのでしょう。
食べ物など目に見えるものは気を付けやすいですが、空気など目に見えないものの摂取については中々コントロールが効きません。
しかし、私たちは目に見えないものにこそ大きな影響を受けて生きています。
「目に見えないもの」にこそ気を配って生活しなければならないのかもしれませんね。
さて、本日のテーマは「法改正(労働条件の明示)」です。
本年4月1日施行の注目法改正といえば、時間外労働時間上限規制の自動車運転業務等への適用ですが、実は、その陰でほかにも重要な法改正がなされています。
詳細については厚生労働省のHPからダウンロードできる「2024年4月からの労働条件明示のルール変更」をご覧いただければ分かるのですが(「厚生労働省 労働条件の明示」と検索)、2024年4月1日から就業場所・業務内容及びその変更範囲等を明示することが求められるようになります。
これらに違反した場合の民事的効力については特に解説されていませんが、たとえば、就業場所の変更範囲を明示していなかった場合、裁判所は職場を変更されうることが契約の内容になっていなかったとして転勤命令等が無効と判断するようになることが予想されます。
業務内容の変更についても同様の事態が予想されます。
将来、転勤させるつもりで雇用し、又は業務内容を変更するつもりで雇用したにもかかわらず、変更の範囲を明示していなかったためにそれが出来なくなったとなれば人事計画は大きく狂ってしまいます。
このように、企業運営に大きな影響を与える重要な改正なのですが、意外とそんなにスポットライトを当てられていません。
これに加えて、もう1つ重要な改正があり、専門業務型裁量労働制・企画業務型裁量労働制の労使協定方法も変わります。
これについても厚生労働省HPにて解説書がダウンロードできるので詳細はそちらを参照していただければと思うのですが、2024年4月1日までに法改正に合わせて労使協定を変更して労働基準監督署に届出しないと労使協定が無効になります(すなわち、割増賃金の支払義務が生じる。)。
中小企業においてはあまりこの両者に該当する従業員が多数在籍しているというのは少ないかと思いますが、業種によっては専門業務型裁量労働者だらけという企業も結構ありますので(かくいう弁護士業もこれに該当します。)、社会的影響は少なくありません。
上記の改正は、いずれも企業に対して労働条件を明示させることによって、多様な働き方を認めていこうというものです。
このような方向性自体はよいのですが、一方で、労働法分野では未だ望ましくない「曖昧」な法が多く、それが労使双方にとってマイナスの影響を及ぼしています。
労働法では「合理的」「相当」「自由な意思」など曖昧な法規範が多く、究極的には「裁判官が判決を出すまで結論が分からない。」ということが往々にしてあるのですが、それでも諸裁判例を俯瞰すると契約書や就業規則等において労働条件が詳細・明確に記載している企業の側に軍配が上がっているといえます。
紛争の根源には「曖昧さ」があります。
今回の法改正を機に、自社に内在している望ましくない「曖昧」を調査し、法改正範囲に捉われず、曖昧さの改善にチャレンジされてみてはいかがでしょうか。
本論では、「曖昧」を悪いものとして話しましたが、日本人はどちらかといえば「曖昧」が好きな民族ではないかと思います。
白黒はっきりさせて勝敗、上下、敵味方などを浮き彫りにするよりも、灰色にしておいて対立構造をあまり際立てないようにします。
勿論、「曖昧」にしておいた方がよいこともたくさんありますが、ときとして曖昧さと闘わなければならないこともあります。
特に、組織としてルールが不明確だと業務上のミス=個人のミスという評価に繋がりやすく、従業員が萎縮してしまって生産性が低下します。
逆に、組織としてのルールが明確だと業務上のミス=組織のミスという評価になりやすく従業員は組織のルールの範囲内において能動的に働くことができます。
是非、組織のルールがどうなっているのか点検されてみてください。