第77回メルマガ記事「スタートアップ時の予防法務の重要性」

弁護士の内田です。

 

 暑くなってきましたね。個人的には、夏より冬の方が好きなので残念です。

 

 円安が凄まじい勢いで進行していますね。ウクライナ情勢などとも相まって輸入物価が高騰し、インフレも進みつつあります。我が国の場合、米国などとは異なり賃金水準が上がっていかないので一般市民にとっては厳しい時代になるかもしれません。

 

 「なぜ、日本は賃金水準が上がらないのか。」という議論がよくなされますが、その原因の1つに「解雇や賃金減額などの労働関係費の調整が著しく困難な法制になっている」ことを挙げることができるのではないかと思います。

 

 ご存知のとおり、我が国の解雇の有効要件は極めて曖昧で、かつ万が一敗訴して解雇無効の判決をもらってしまった場合のダメージも大きいです。また、賃金は一度上げてしまうと原則として下げることができません。

 企業が儲かっていても、現在のように先行きが見通せない経済状況下では、簡単には「儲かっているから賃金を上げます。」とは言えないのです。そのため、「何かあったときのために」「将来の投資用に」などという理由で利益は内部留保に回されます。

 

 とはいえ、最近の裁判例では賞与のような性質の賃金(≒企業の業績によって企業側の裁量で決めることができる性質の賃金)を認めるものも出てきており、今後は、上述したような状況も変わっていくのかもしれません。

 某国のようにあまりに簡単に解雇が認められるのもどうかと思いますが、我が国は、人材の流動性・個人及び企業の生産性を向上させるために、もう少し緩やかに解雇を認めた方がよいのではないかと思います。

 

 

 さて、本日のテーマは「スタートアップ時の予防法務の重要性」です。

 

 予防法務とは、その名のとおり法的紛争の発生を予防し、また法的紛争発生の悪影響を軽減する取り組みのことです。雇用契約書はきちんと交わす、就業規則を策定して従業員に周知するなどの当たり前の活動も、広い意味では予防法務活動に属すると言ってよいでしょう。

 もう少し例を挙げますと、ハラスメント防止の研修を行うことも予防法務活動の一環ですし、今流行りの無人レジの導入も「従業員の横領及びこれが生じた場合の対応コストを回避する。」という意味では予防法務活動です。

 

 「法律は守らなければならない」というのはある意味では当たり前ですが法律に違反しない体制を構築するというのはコストがかかることです。実際のところ、中小企業が予防法務にかけることのできるコスト(若しくはかけてもよいと思っているコスト)はそう多くありません。スタートアップ企業であればなおさらです。予防法務にコストをかけるくらいなら、広告などのマーケティング活動や製品の品質向上にコストをかけたい・・・というのが本音とするところではないでしょうか。

 「法律的な紛争は起こったときに弁護士に相談すればいい。」という考え方をされる経営者様も多いようです。

 

 しかし、法的紛争に関するコストについて言えば、法的紛争が潜在している段階で対処する予防コストの方が顕在化の後に対処する対応コストよりも大体の場合ローコストで済みます。このことは、特にスタートアップに近いほど強く言えます。

 理由は簡単で、「企業が大きくなると利害関係人が増えるから」です。

 

 たとえば、初歩的なミスではありますが就業規則の賃金に関する規定に、法律の理解を誤って「所定」労働時間を超えて労働した場合にも割増賃金を支払うという規定の仕方をしていたとします(法律上は「法定」労働時間を超えなければ割増賃金の支払義務は生じません。しかし、就業規則に「所定」労働時間を超えた場合にも支払うと記載すれば、そちらが優先的に適用されることになります。)。

 この誤りに気が付いて「所定」を「法定」に修正する場合、いわゆる不利益変更になりますから、変更の効力を確実にするためには従業員の同意を取り付けなければなりません(労働契約法第8条ないし第10条参照)。これが10名の会社であれば説明や説得の手間はそれほどかかりませんが、100名、1000名・・・と大人数になると容易ではありません。

 

 同じようなことが取引先との契約書にも言えます。まだ取引先が数社のうちは「次回、契約更新のときに第〇条のところを〇〇に変更させて欲しい。」というのはそれほど手間ではないですが、当該契約書を用いて取引をしている取引先が100社、1000社・・・となってくると大変です。

 

 当然ですが、実際に従業員又は取引先と紛争になってしまった場合についても、「相手方」となる者が多くなるわけですから、対応コストも高額となります。

 「重大な法務リスクを抱えてしまったが、今更、就業規則の不利益変更や契約書の変更を大々的に行うのは難しい。」という困った状況に追い込まれる前の早い段階で手を打っておくのが肝要といえるでしょう。

 

 特に、スタートアップに近い時期で注意すべきは、業種にもよりますが、基本的に①雇用契約書、就業規則、賃金規程などの賃金に関わる規定類、②多くの取引先・顧客に対して共通して使用する契約書(又は約款)、の2つです。

 この2つが経営者の策定する当面の経営計画と合致していれば大きな問題が生じる可能性は低いですが、逆にこの2つのうちいずれかでもいい加減なものになっているとせっかく上手く行っていたビジネスが傾くきっかけになってしまいます。

 

 近々、子会社を作ろうかなと思っているといった方は、是非、この2点については特に注意してみてください。

 

 

 いかがだったでしょうか。

 

 弁護士が言うのもどうかと思いますが、訴訟になって「儲かる」ことはありません。仮に、法的に100%の勝訴判決が得られたとしても、かかった弁護士費用、訴訟対応の時間的コスト、訴訟になることによって生じる信用リスクなどを考慮すると必ずマイナスになります。

 最小限のコストで法的紛争を回避し、本来業務に経営資源を集中するというのがベストな企業の在り方だと思います。

 

 予防法務の需要はさらに高まっていくことが予想されます。今後も、当法人は本メルマガ等を通じて皆さまの「予防法務力」向上に寄与していく所存です。

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