第99回 労働契約における「債務の本旨」の重要性

弁護士の内田です。

 夏はどうしても虫が出てきますので、デスクの上に食虫植物(モウセンゴケカペンシス)を置いています。私の見ない間にしっかりと仕事はしてくれているようです(小さい虫が植物の粘着部分に張り付いています。)。

 かれこれ1年くらいは飼っているのですが、不思議なもので、植物も毎日水をあげるなど世話をしていると可愛く見えてくるものです。自分では気付かなかったのですが、1年前よりも大きくなって(増えて?)ます。

 是非、皆様もオフィスに食虫植物を導入されてみてください。


 さて、本日のテーマは「労働契約における「債務の本旨」の重要性」です。
 
 「債務の本旨」という言葉は、民法第415条と493条に現れます。細かい点はさておくとして、法律が言っていることは「債務の履行はその本旨に従って行いなさい。」ということです。「債務」「本旨」という言葉はあまり普段使わないと思いますので、しっくりこない方は「義務」「趣旨」と読み替えていただいてもよいかもしれません。
  
 労働契約における使用者側の「債務の本旨」は契約どおり給与を支払うということで割と明確なのですが、これに対して労働者の「労務を提供する。」という債務の本旨は何かというと不明確です。

 どの程度の働きをしたら「債務の本旨」に従ったといえるのか・・・これが曖昧であることが労使紛争の原因になります。人間はどうしても自分に都合よく物事を理解しようとしてしまいますから、極端に例えるなら、使用者側は社のエースのような働きをして結果を出すことを「債務の本旨に従った労務の提供」というように労働者側に厳しく理解します。他方、労働者側は6~7割くらいの力で働いていれば結果を伴わなくても「債務の本旨に従った労務の提供」と認められると使用者側に厳しく理解します。

 

 この「債務の本旨に従った労務の提供」がなされていない場合、使用者はその労務を受領する義務はなく、賃金も支払わなくてよいのが原則です(いくつか例外はあります。)。

 

 昔は、業務中に反戦プレートを胸につけて働くことが「債務の本旨に従った労務の提供」に該当するかなどが裁判で争われていたのですが、最近はそういう人はあまり見かけなくなり、そういった争いはほとんど無くなりました。

 

 現在は、専ら①能力不足を理由とする降格や解雇などの不利益処分、②私傷病、とりわけ精神疾患に罹患した後の復職の2つの場面で「債務の本旨に従った労務の提供」が問題となっています。「債務の本旨に従った労務の提供」がなされているのに降格等をすれば違法ということになりますし、「債務の本旨に従った労務の提供」がなされるのに復職を拒否すれば違法ということになります。

 

 「債務の本旨に従った労務の提供」に関する判例として、労働者には職務専念義務があり、それは「注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないこと」と判示したものがあります(最高裁昭和52年12月13日判決)。また、最高裁は、別の判決で、職務専念義務違反の有無は、使用者の業務や労働者の職務の性質・内容、当該行為の態様など諸般の事情を勘案して判断されると判示しています(最高裁昭和57年4月13日判決)。

 裁判所が大好きな「諸般の事情を勘案」になっているので、紛争になった場合の判決の予測性は低いです。

 

 このように「債務の本旨に従った労務の提供」の有無で適法・違法が分かれるにも関わらず、その内容は曖昧なのですが、実務においてこの点が十分に意識されているとは言い難い状況です。

 皆様も自社の雇用契約書や就業規則等を見ていただきたいのですが、業務の内容や求める行動・成果などがどれだけ具体的に書いてあるでしょうか。下手をすれば、「総合職」くらいしか書いていないこともあります。

 しかし、これは珍しいことではなく、おそらく日本企業の大半がそうでしょう。

 

 これに対して米国はなるべく職務の内容や求める結果を明確にして雇用契約を締結しています。ジョブディスクリプションシート(職務記述書)という書面を取り交わし、労使間で「債務の本旨」の認識に齟齬が生じないように努めています。

 職務記述書には、通常、①ポジション、②職務内容、③業務の比重、④責任と権限の範囲、⑤期待される目標、⑥報告義務のある上司、⑦部下の人数、⑧予算、⑨時間外手当、⑩職務に必要な知識、スキル、学歴など、⑪職務に必要な身体条件、⑫業務の関係者、⑬署名欄などが書かれます。

 ただ、日本企業もこれを取り入れようと言いたいわけではありません。職務記述書を作成・更新する負担は重いですし、具体的に書くと言っても限界があります(米国でも職務記述書に否定的な意見が多いようです。)。

 

 私が勧めるのは、「自社が求める人材・成長ステップ」のような冊子を作っておくことです(勿論、雇用契約書や就業規則で引用しておくとよいです。)。「〇〇部の2年目社員は、〇〇という業務が1人でミスなく〇〇時間以内に出来る。」「〇〇部の6年目社員は・・・」というように年次でどのように人材に成長して欲しいと思っているのか明確にしておくのです。このような結果だけでなく、その結果を至るために必要なスキル・学習・経験・資格なども併せて示せるとベストでしょう。

 これは法的観点だけではなく、経営的観点からも大切なことです。採用のミスマッチを防止することにも繋がりますし、労働者に成長のロードマップを示すことでモチベーション向上を図ることにもなります。


 いかがだったでしょうか。

 

 本メルマガを機に自社の「債務の本旨に従った労務の提供」を掘り下げて検討されてみてはいかがでしょうか。2年目、5年目、10年目、20年目と各層の従業員を集めて話をしてみると思いのほか盛り上がるかもしれませんよ。

以上

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