チャレンジを応援する「経営判断の原則」の法理

弁護士の内田です。

 

「失敗は成功の母」と言います。

運が良い人は1度のチャレンジで成功に至ることもありますが、通常は、チャレンジして失敗から学び、学びを糧にしてさらにチャレンジする・・・これを繰り返して成功に至ります。

 

実際には、人には現状維持バイアスがあり、失敗を恐れるあまり何もチャレンジせず、またチャレンジしても失敗するとすぐに諦めて元に戻ってしまうことが多く、それゆえに成功は難しいものと一般的に理解されています。

誰でも、失敗すると嫌になるものですし、慣れた現状を変えたくないものです。

 

私は休日に息子とフォートナイトというゲームをやることがあるのですが、他のプレイヤーに負けるとプレイするのが嫌になります。ですが、敗北から学びを得て、繰り返し闘うことで、今では無駄に結構上手になってしまいました(世界のプレイヤー人口の上位5%辺り)。

 

企業経営も似たようなところがあり、一回目の商品開発でいきなり大ヒット・・・ということはあまりなく、何度も商品開発と失敗を繰り返した先に大ヒットするというパターンが多いでしょう。

私のフォートナイトと企業経営の違いは、「失敗できる回数に限度がある」ということです。フォートナイトは負けても何度もチャレンジできますが、企業経営はお金が尽きればそこまでです。

 

企業経営においては、失敗しても資金繰りに大きな影響を生じず、かつ、失敗から学べることが多い、そういったチャレンジを積極的にすべきです。

 

さて、今回のテーマは、企業経営の失敗と関連して「チャレンジを応援する「経営判断の原則」の法理」です。

 

会社の取締役などの役員は会社に対して善管注意義務・忠実義務という義務を負っており、これに反して会社や第三者に損害を発生させた場合には、その損害を賠償する義務を負うことがあります(会社法第423条、第429条)。大企業では1つの経営判断のミスで会社に数十億、数百億の損害を与えることもあり、取締役の責任は重大です(我が国でも数年前に13兆円超という高額な賠償を命じた判決が出ましたね。)。

 

冒頭で成功のためにはチャレンジと失敗が必要だという話をしましたが、失敗する度に個人が多額の賠償責任を負うとなると、それこそ取締役は「現状維持」しかしなくなり、かえって会社の成長を妨げ、ひいては我が国の経済全体に影を落とすことになります。

 

そこで、法律の世界では、「経営判断の原則」という法理が唱えられており、最高裁もこの法理に基づいたと思われる判決を出しています。

では、経営判断の原則とはどのような法理なのでしょうか。

 

経営判断の原則を簡単に言ってしまうと、取締役等の経営判断が失敗に終わった場合に、法的責任があるといえるためには、①当時の状況に照らして合理的だと思われる程度に情報収集・調査・検討等をしていたか(判断過程審査)、②その状況及び取締役に要求される能力水準に照らして当該判断が不合理だったといえるか(判断内容審査)、という2つの観点から検討して「著しく不合理」といえる点がない限りは責任を肯定しないというものです。

起きてしまった結果を見てから「あのとき、こうすべきであった。」と言うことは誰でもできます。後知恵バイアスといってこれも人が持つ特性なのですが、人はこうした物言いをしがちです。

経営判断の原則はそれを止めて、あくまで「判断時」に立って、その時点での判断として不合理でなかったかを審査するという考え方です。

「著しく」という形容が付いているのは、経営者の専門的判断を尊重するからだと言われています。いうまでもなく、裁判官は企業経営の専門家ではありません。経営の素人がプロの責任を肯定する以上、単に不合理といえるだけでは足りず、素人が見ても明らかにおかしいと言えるほどに、すなわち「著しく」不合理でなければならないというわけです。

 

この経営判断の原則があるからこそ、取締役などの経営者は失敗を恐れずに果敢に新商品の開発や新規事業にチャレンジすることができます。

ただ、この経営判断の原則にも注意点があります。

 

それは、①経営者に法律違反をする裁量は認められていないこと、②人の生命・身体の安全が関わる場面では経営者の裁量は後退すること、です。

 

まず①ですが、法律に反してビジネスをやった方が被害者に対する賠償金を考慮しても儲かるという場合に、経営者に法律違反行為を選択をするという裁量が認められることはありません。会社法第355条は「取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し」と規定しており、法律に反する権限は与えられていないのです。

そのため、法律違反行為を社員に命じたことにより会社に損害を生じさせた場合には、経営判断の原則の法理は適用されず、通常の判断枠組みで責任を問われます。

 

次に②ですが、食品の安全など人の生命や身体などに重大な悪影響を生じさせかねない事柄については、事実上、経営者の裁量は制限され、責任を肯定されやすくなります。どの銘柄の株式を買うのかというようにその人(会社)だけの損得に属する事柄に比べると、より慎重な判断が求められるということです。

 

いかがだったでしょうか。

 

同族会社だと取締役が会社から訴えられるということはほとんどありませんが、非同族会社だとあり得ます。そして、コンプライアンス社会の進展に伴い、役員の賠償責任が強く意識されるようになってきています。

最近ではD&O保険(会社役員賠償責任保険)に入る役員も増えているようですし、一昔に比べれば「顧問弁護士がいる。」という会社も増えたようです。

保険会社の回し者のような終わり方になりましたが、これを機に役員賠償についても興味を持っていただけますと幸いです。

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