法律における「特定」について

弁護士の内田です。

 「ポジションが人を育てる」という考え方があります。課長にふさわしい能力・実績を有する者を課長に就任させるという考え方が一般的だと思いますが、人材の急成長を求める企業ではそれでは遅すぎると考えます。

 やや乱暴な気はしますが、まだ課長の任務を遂行するに足りる能力も実績もない者であっても、課長に就任させればミスはしながらもいずれは課長にふさわしい能力を習得するというように考えます。

 上手くいけば企業の成長速度を加速させるよい手法だと言えますが、任せる経営側も任せられる労働者側にもある種の勇気が求められます。任せたはもののミスが続けば最終的には会社の信用が傷つくことになりますし、労働者自身も精神的に疲弊することになります(最悪の場合、退職にも繋がるでしょう。)。
 

「ポジションが人を育てる」方式が上手くいくためには、致命的なミスが発生しない仕組み、挑戦を奨励する企業風土、従業員相互のフォロー体制、権限と責任の明確化などの成功要素が必要です。

 スーパーマンを待っていても来ない時代ですので、こうした仕組み作りに意識的に取り組みたいものです。


さて、今回のテーマは、「法律における「特定」について」です。冒頭の話とは全く関係はありません。
主として攻める側でこの「特定」がよくハードルとして立ちふさがります。

 問題となる代表的な場面が預金の差し押さえです。訴訟を起こして勝ったとします。そうすると、確定判決に基づいて財産の差し押さえができるようになるわけですが、その際、Aさんが山口銀行の口座をもっていたらそれがどこの支店の口座であったとしても差押える、ということはできません。預金の差し押さえをする際には、「山口銀行〇〇支店」というように支店まで「特定」する必要があります。

 

 預金に限らず、全ての財産について、他の財物と区別できる程度に「特定」が求められます。たとえば、土地の一部の明渡しを求める場合、図面に線を引いて色塗りし、「この土地のこの部分」というように特定します。

 上記のような強制執行の場面の手前の、訴訟の段階でも「特定」が問題となることがあります。たとえば、お金を貸したと主張する側は、いつ、どこで、誰に、いくらを、貸したのかを特定して主張立証しなければなりません。「いつかは忘れたけど、たしかトータルで100万円くらい貸した。」という不特定な主張は原則として認められません(2025年1月頃のように多少ぼやかした主張立証は許される場合があります。)。
 

 訴える側で最も苦慮するのが、「作為義務の特定」です。

 たとえば、労働者災害の事案において、原告側は「会社側は労働者が怪我をしないように注意すべきであった。」という曖昧な主張では足りません。「注意すべき」では曖昧すぎて具体的に会社側が何をすべきであったと主張するのか分からず、審理対象がはっきりしないからです。

 「会社は、遅くとも〇年〇月〇日までには、機械〇〇に××という安全装置を設置すべきであった。にもかかわらず、かかる安全装置の設置を怠り、これによって本件の負傷が生じた。」というように会社がいつまでにどこに(で)何をすべきであったのか具体的に特定して主張立証する必要があります。そして、なぜそう言えるのかというのを、法令、安全衛生の一般的知識、当時の現場の具体的状況などから立論しなければなりませんから、訴える方は大変です。

 皆さんが訴訟を検討される際は、この「特定」という観点を忘れないようにしてください。


 いかがだったでしょう。

 私の師匠とも言うべきベテランの弁護士からは「立証責任を負った方が負ける。だから立証責任を負わないように立ち回りなさい。」と教えられました。要件事実論というものがあって、大体の訴訟類型では原告と被告でどちらがどういう事実を主張立証すべきか決まっているのですが、たまにどちらが主張立証責任を負うのがよく分からない事実というものも現れます。

 そのときは、師匠の教えを守って「それは被告(又は原告)で主張立証すべき事実でしょう。なぜなら・・・」となるべく自分が主張立証責任を負わないように振舞っています。

 ところで、なぜ主張立証責任を負うと負けやすいのでしょうか。これは裁判官の視点に立ってみると分かります。「〇〇という証拠からA事実が認められ、〇〇という証拠と〇〇という証拠からB事実が認められる。A事実とB事実を合わせて考慮するとC事実が認定できる。さらにC事実とD事実を合わせると・・・」と認定できるという方向で判決文を書くよりも「A事実があったことを認めるに足りる適格な証拠は見当たらない。」と書く方が簡単なんですよね。

 

それに、原告の請求を認める判決というのは現状変更を伴うものですが、原告の請求を棄却する(認めない)判決は現状維持です。自分の判断で現状を変えなくても済むという心理も働くのではないかと思います。
 
以上

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