第72回メルマガ記事「賃金制度に関する画期的な裁判例」2022.1.27
弁護士の内田です。
今年初めてのメルマガになります。本年もよろしくお願いいたします。
オミクロン株が猛威を振るっていますね。かつてない拡大の速さです。幸い重症化率は低いようですが、油断はできません。
この新型コロナウイルス対策で非常に舵取りが難しいのは「経済とのバランス」です。
実は、法的な観点から見れば、最も優先すべきものは明らかで、それは「生命」です。生命は経済活動のみならず、その他のあらゆる活動の前提となるものであって、他のどのような人権よりも優先されます。
「Aさんの売上を守るためにBさんが死んでもよい」という結論には絶対になりません。
たとえば、今後、政府が「やり過ぎでは?」と思われるような営業規制をかけたとして、事業者が「営業の自由」の侵害を理由に憲法訴訟を提起したとしても、最高裁判所は合憲の判断を下すでしょう。
今のところ、このような憲法訴訟で最高裁が判断を示した例はないようですが、今後はこのような訴訟も出てくるではないかと思っています。
皆さんも今後のニュースに注目してみてください。
さて、本日は賃金制度に関する画期的な裁判例が出ましたのでそれを紹介します。東京地裁令和3年1月20日判決です。
まず、おさらいですが、労働契約法(より根本的には意思主義)により、雇用契約(就業規則を含む)で定めた労働条件を会社が労働者の同意なく一方的に変更することは原則としてできません。
「日本の賃金はなぜ上がらない?」と最近はよく議論されていますが、このように一度上げた賃金が容易には下げられないようになっていることと、とても厳しい解雇規制があることが1つの要因になっているといえるでしょう。将来、業績が悪くなった場合に給料を下げられず、解雇も出来ない、ということで会社はベースアップに踏み出せないわけです。
そのため、「業績が良いから賃金を上げてあげたい。」というときは、賞与を増やすという方法が採用されることが多かったといえます。
このような現状を打破するかもしれない裁判例が上記判決です。
上記判決の要旨は、労働の対価たる賃金の減額には原則として労働者の同意が必要であるが、支給の有無が会社の裁量に委ねられている「任意的恩恵的給付」についてはその同意は必要ないというものです。
具体的には、被告会社で支給されていた「特別手当」を降格による不利益を緩和するための調整給として支払われた「任意的恩恵的支給」であると認定し、労働者の同意なくこれを不支給としたことを適法としています。
この判決に従えば、「数年は業績が良さそうだから月の固定給を増やしてあげたい。ただ、業績が悪くなったときには下げたい。」というような場合に、新たに就業規則に「会社業績手当」というような名前の手当を設けて「労働の対価たる賃金」でないことを明記した場合、その「会社業績手当」の調整により柔軟に月の固定給を増減額することができることになります。
賞与を月にならしたような手当という感じにはなりますが、それでも労働者にとっては嬉しく感じるではないかと思います(「ボーナス月以外は生活が苦しい!」という声は良く聞くところです。)。
一方、このような任意的恩恵的給付という概念が認められると、基本給といった「労働の対価たる賃金」(≒原則として一方的に下げることのできない賃金)が上がらなくなる危険性があるといえます。
今後、労働者の視点から見れば、自分に支給されている賃金が「労働の対価たる賃金」なのか「任意的恩恵的給付」なのかを見分ける力が必要ということになります。さもないと、生活レベルを上げ過ぎて月の生活費が高くなったところで「任意的恩恵的給付」が無くなり、生活が出来なくなるということにもなりかねません。
いずれにしても、会社側がこのような「任意的恩恵的給付」を導入する場合、労働者に分かりやすく解説することが必要になります。そうしないと、いざ減額したときにトラブルに発展します。
この裁判例を受けて、我が国の賃金構造がどのように変わっていくのか注目です。
以上