第83回「転勤命令と仮処分に関する最新裁判例」

 弁護士の内田です。 

 

 もう年末です。息子がコロナに罹患して濃厚接触者として自宅待機(在宅勤務)になるなど最後にイレギュラーもありましたが、何とか今年も無事に終えることができそうです。

 在宅勤務が合う方も合わない方もいると思いますが、私は合わなかったです。 

 

 コロナ・ウクライナ戦争・物価高などあまり良いことのない年だったように感じていますが、皆様はいかがでしょうか。来年は良い年になることを願いたいものです。

 

 

 さて、今日のテーマは「転勤命令と仮処分に関する最新裁判例」です。少し難しい話にはなりますが、企業法務において極めて重要な知識を含む内容になっていますので、確実に押さえていただければと思います。

 

 まず、転勤命令についておさらいします。

 転勤命令は配転命令に含まれます。配転命令は、勤務地の変更だけではなく部署・部門などの変更も含む転勤命令よりも広い意味を持つ概念です。

 このメルマガをお読みいただいている方はご存知かと思いますが、我が国では解雇がほとんど認められていません。裁判所は、解雇について会社の裁量をほとんど認めておらず、専ら裁判官が解雇を有効とするかどうかを決めていると言っても過言ではない状況です。一方で、配転命令のような人事権に基づく命令については、会社に広い裁量が認められています。より具体的には、判例があり、原則として①業務上の必要性がない場合、②不当な動機・目的に基づく場合、③従業員に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合、は権利濫用として命令の効力が否定されるものの、これらに該当しない場合には効力は否定されません。

 

 ①と②は密接に関連していて、たとえば、セクハラを訴えた従業員を報復目的で別の勤務地に転勤させるというような場合が①②に該当する典型です。③が一番分かりづらいのですが、こと転勤についていえば、裁判所は多少のことでは「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を認めません。勤務地がかなり離れる場合でも、重病の子や親を診ているなどの事情がない限り、これを認めません。

 今回、ご紹介したい裁判例(福岡高裁令和4年2月28日決定)でも、北九州市から福島市への転勤が問題となったのですが、裁判所は消極的な評価を下しています。

 

 今回、注目すべきは仮処分の方です。

 

 訴訟は判決までに半年から1年といった長い期間を要します(数年になることもあります。)。そのため、判決までの間に仮に権利関係を定める方法が用意されています。それが仮処分です。上記の裁判例で、従業員は、転勤命令に従う義務がないことを仮に定める仮処分の申し立てを行っていました。

 なぜ、このような仮処分の申し立てをしたのか解説しますと、判決が出るまでの間は転勤命令の効力は否定されないため、転勤拒否は職務命令違反となり、懲戒処分の対象となってしまいます。そうすると、判決が出るまでに先に懲戒解雇されてしまうということにもなりかねません。そこで、「転勤命令に従う義務がないことを仮に定める」ことを求めたのです。

 

 仮処分命令は、じっくりと時間をかけて主張と証拠を吟味して出されるものではなく、数日のうちに速やかに出され、かつ当事者の権利義務関係を仮ではありますが変更してしまいます。そのため、認められるための要件も複数あり、特に本件のような仮の地位を定める仮処分の要件は厳格になっています。本件で解説したいのは、そのうち、「著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」という要件です。これを保全の必要性の要件と言います。

 あえてくだけた言い方をすれば、「判決まで待っていたらとんでもないことになってしまうこと」なのですが、結論として、本件で裁判所は保全の必要性を否定して仮処分申立を認めませんでした。

 

 一見、訴訟中に転勤命令を無視し続けていたら解雇されてしまうため保全の必要性はありそうにも思えます。しかし、裁判所は、懲戒解雇の可能性があるとしてもその解雇と元の転勤命令の有効性は本案(≒訴訟)で確定すべき事柄であるし、被保全権利や保全の必要性が疎明されるのであれば仮処分命令は発せられるのであるから、懲戒解雇の可能性があるからといって直ちに保全の必要性があるとはいえない(別途、保全の必要性は検討すべき)と判断しました。

 その上で、転勤前後で給与額や仕事内容は変わらないことや赴任旅費・住宅手当の支給もあることなどを理由に、「著しい損害又は急迫の危険」が生じるとはいえない(保全の必要性はない)としました。

 

 仮の地位を定める仮処分が容易に認められてしまうと、会社の人事権は大きく制限されることになりますが、少なくとも転勤命令に関しては、裁判所は保全レベルでも会社の裁量を尊重してくれていると評価できます。

 

 裁判官は転勤が多いので、転勤に関しては全体的に労働者に厳しいのではないかと邪推しています。

 

 

 いかがだったでしょうか。

 

 労務に関しては規制が多く、会社の自由に出来ないことが多いですが、こと人事権の行使に関しては規制が少なく、有効活用の余地が広く存在しています。

 転勤命令以外の人事権行使に関しましては、また来年以降に解説していきたいと思います。

 

 最後に、皆様にとって来年が良いお年になることをお祈り申し上げます。

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