第86回「労働者性について」
弁護士の内田です。
そろそろGWですね。皆さんは既に予定を立てられているでしょうか。
計画的な方は、数ケ月も前からホテルの予約を取るなどして準備されますが、私は「気づいたら来週は連休だ。」といった具合で、慌ててホテルなどを探すのですが、どこも埋まっているということが多いです。
年に2回程度、連休の予定をプランニングして提案し、各施設の予約までしてくれるサービスなんかがあれば使いたいと思いますが、そういったサービスはないのでしょうか。
さて、本日のテーマは「労働者性」です。
労働者性とは、簡単に言ってしまえば「ある人が労働者に該当するか。」という問題です。労働者に該当すると労働基準法、労働契約法、労働組合法、民法の雇用に関する規定などの法律が適用される一方で(細かく言えば、これらの法律間でも労働者の解釈は異なる部分があります。)、該当しないとなるとこれらの法律は適用されませんので、企業にとって労働者性の判断は極めて重要な問題ということになります。
たとえば、某飲食品配達サービス提供企業は配達人と請負ないしは委託契約を締結していますが、これが「配達人には労働者性あり」と認定されてしまうと企業側は社会保険料の事業主負担など想定していなかった負担を負うことになるだけでなく、上記諸法律の適用により厳しい解雇の要件を満たさない限り配達人を雇い続けなければならなくなります。こうなれば、描いていたビジネスモデルは根幹から崩壊するでしょう。
人を使う側からすると、「雇用」より「請負」や「委託」の方が利便性に富むことが多いことは否定できません。「請負」や「委託」には社会保険料等の企業負担や残業代制度・解雇規制等がなく、コスト及びコストコントロール性の観点からは「雇用」より優れます。
このような利点があってか、中小企業においても「それは普通、自社の従業員にさせることでは?」という仕事を請負又は委託で外注していることがあります。「うちもあの仕事は外注にしようかな。」と検討されている企業様もあるでしょう。
本日は、裁判所から予想外の労働者性認定を受けて不測の損害を負うことがないよう、労働者性の認定について解説します。
まず、重要なこととして、労働者に該当するかどうかは、契約書のタイトルや内容といった形式的な点のみならず、両者の実質的な関係性を考慮して判断されます。契約書を「雇用契約書」ではなく、「業務委託契約書」にしておけば労働者と認定されないというわけではないのです。
労働者性の判断要素は、概ね以下のとおりです。すなわち、①仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、②業務遂行上の指揮監督の有無、③拘束性の有無、④労務提供の代替性の有無、⑤報酬の労務対償性、⑥事業者性の有無、⑦専属性の程度、⑧その他、が考慮されます。
類型的な観点から裁判例を俯瞰すると、上記①ないし⑧を考慮し、自転車での配送業者、新聞のフリーランス記者、ボディケア等のセラピスト、コンビニの店主、NHKの受信料集金人などについて労働者性を否定した例があり、逆に、傭車運転手、ガス料金の委託集金人、電力会社の委託検針員などについて労働者性を肯定した例があります。ただ、いずれも個別具体的な事情を考慮しての判断であり、たとえば、新聞のフリーランス記者であっても具体的な契約内容や仕事の実体によっては労働者性が肯定されることは当然あります。
それでは、上記の各考慮要素についてもう少し詳しく見ていきます。
まず、①(仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無)ですが、たとえば、発注に対して受注をしなかった場合に多額の違約金が課すといった契約をしている、注文者の競合他社から受注はしてはならない契約になっている、事実上、受注者の売上のほとんどを発注者1社に依存している、といったような場合には「諾否の自由」がなく、労働者性を肯定する方向に評価されます。
②(業務遂行上の指揮監督の有無)については、実体として受注者が注文者から細かい指示を受けている、契約にない業務についても行わされているなどの事情がある場合には、労働者性を肯定する方向に評価されます。
建築業であれ、私のような弁護士業であれ、少なからず注文者・委任者は指示を出します。ですが、当然、指示をしていたという事実だけから労働者性が肯定されるわけではなく、その程度が問題となるのです。
③(拘束性の有無)は、勤務場所や勤務時間の拘束性を見ますが、場所・時間の指定が業務の性質によりやむを得ないものである場合には労働者性を肯定する方向にはあまり評価されません。他方、業務の性質上、あえて当該場所・時間に拘束する必要がないにもかかわらず拘束していれば、労働者性を肯定する方向に評価されます。
④(労務提供の代替性)は、契約上又は事実上、他の者が替わって労務提供することが許されているかを見ます。自由に他の者に任せてもよい契約内容になっている場合には、労働者性を否定する方向に評価されます。
⑤(報酬の労務対償性)は、対価が労働の結果に依存しているのか労働の時間に依存しているのかを見ます。前者であれば労働者性を否定する方向に、後者であれば労働者性を肯定する方向に評価されます。基本的には、1時間いくら、1日いくら、といった報酬の定め方をしていれば、それは労働者性を肯定する方向に働きやすいと考えた方がよいでしょう。
⑥(事業者性の有無)は、仕事の道具をどちらが所有(又は保有)しているのかを見ます。仕事道具を全て注文者が提供していれば労働者性を肯定する方向に評価され、逆もまた然りです。この点は裁判でよく注目されます。
⑦(専属性の程度)は、当該受託者が当該注文者にどの程度依存しているのかを見るものであり、①とやや重複する部分があります。契約上又は事実上の時間拘束が多く、他社から仕事を受託することが著しく困難な場合などには専属性が高いと評価され、労働者性を肯定する事実として評価されます。
⑧(その他)は、色々なものがあるのですが、たとえば、採用方法・条件が従業員(労働者)と差異のないものとなっている場合、退職金等の一般的に労働者へ適用される制度が適用されている場合などは、労働者性を肯定する方向で評価がなされます。
最後に、1つ裁判例を紹介します(大阪地裁平成18年10月12日判決)。会社とトラックドライバーが運送委託契約を締結していたのですが、裁判所は委託ではなく「雇用」であるとしてドライバーの労働者性を肯定した事案です。
裁判所は、契約では直接取引が禁止され、また会社からの指示がない場合でも午前9時には出社して待機しておかなければならず他の企業の業務に従事することは事実上困難であったこと(上記①③⑦)、会社はドライバーに対して接客態度や服装、横乗りの指示など業務委託するに際して必須ではない指示まで細かく行っていたこと(上記②)、ドライバーの報酬計算式は稼働した時間によって変動するものであったこと(上記⑤)、トラック及び制服は会社がドライバーに貸与し、それぞれ会社のロゴが入っていたこと、並びにトラックの保険料等の経費は会社が支払っていたこと(上記⑥)、などから労働者性を肯定しました。
この事案では、会社は業務委託であることを前提に契約の更新を拒否していましたので、これが雇止め法理により無効になり、遡って数百万円の「賃金」を支払うよう命じられています。
いかがだったでしょうか。
私的自治の原則、契約自由の原則など我々私人は自由に契約をできるのが原則とされていますが、労働分野ではこの原則はかなり後退していると言わざるを得ません。
数多くの強行法規が適用され、企業が「自由」に設定できる範囲は必ずしも多くありません。
現代の労働法務においては、法的なブラックゾーン、グレーゾーン、ホワイトゾーンを正確に理解し、契約を使いこなすスキルが必要になっているといえるでしょう。