第101回 訴訟係数

弁護士の内田です。

冒頭の挨拶もネタが尽きてきましたので、しばらくの間、冒頭は経営的な話をしてみたいと思います。

 当法人では年に1回、「方針発表会」と題してホテルを借りて経営陣が全職員に対して「今年の目標とそれを達成するために取り組む活動はこれだ!」というものを発表します(その後は、暑気払いに呑みに行くというのが通例です。)。

 売上目標といった数値的なものは割と簡単に設定できますし、それを達成するための手段も無難な策ではありますが出てきます。

 難しいのが経営理念と事業活動を融合した形での目標設定です。いつもここで頭を抱えます。

 

 皆さんの会社にも経営理念があると思います。皆さんは、何も見ずに自社の経営理念を言えるでしょうか。「言えない」という人の方が多いのではないでしょうか。

 

 理念自体はどの会社も抽象的で、はっきり言えば似たり寄ったりのところがあります。そのような中でも、経営理念が役員・従業員にしっかり浸透し、人事評価や個々の行動・商品に表れている会社もあります。

 経営理念が浸透する、しない、の要因は様々でしょうが、1つの要因としてその経営理念が生まれるに至った「原体験」の有無が挙げられます。

 

 個人でいうところの信念が会社でいうところの経営理念だと言ってよいかと思いますが、「こう在るべきだ」「こう在りたい」と思うようになったきっかけとなる出来事(原体験)がある信念・理念は強いようです。逆に、コーポレートガバナンスコードなどの外部的な圧力から生まれた「こうした方がいい」というレベルの理念は弱いようです。

 

 自社の理念についてご興味があれば、社長に「うちの理念が作られる原因となった原体験ってどんなことなのですか?」と聴かれてみてください。仕事のモチベーションを上げる、良い話が聴けるかもしれませんよ。

 

 さて、本日の本題は「訴訟係数」です。

 

 「訴訟係数」という正式な概念はなく、私の造語です。

私は、訴訟係数を「訴訟になったら企業側が敗訴する可能性のある事案で労働者が訴訟を選択する平均的な割合」と定義しています。

 弁護士の仕事を通じて多くの企業を見てみると、不思議と「法務はしっかりしているけどよく訴えられる会社」「法務は雑だけどあまり訴えられない会社」という会社が存在します。会社によって「訴えられやすさ」のようなものがあって、それを訴訟係数と呼んでいるわけです。

 

 分かりやすい例として解雇を挙げて説明します。ご存知のとおり、解雇をした後に会社が訴訟で負けると、会社はバックペイとその遅延損害金など多額のお金を払うように命じられることになります。

 「勝てるときだけ解雇すれば良い。」と思われるかもしれませんが、解雇(に限らず労務全般がそうですが)の訴訟で100%勝てると言えることはほとんどありません。要件が曖昧であるためどうしても最後は「裁判官次第」という部分が残ります。

 そのため、企業はある程度リスクを覚悟した上で解雇に踏み切ることになります。

 

 たとえば、平均して年間1名を解雇する企業があったとします。話を単純にするために敗訴する確率を50%、敗訴した場合に会社が支払うことになるバックペイなどを1名当たり平均500万円とします。

 上述した訴訟係数が80%の会社Aと20%の会社Bがあった場合、10年間で見ると次のとおり会社Aが支払うことになるお金は2000万円、会社Bが支払うことになるお金は500万円になると予想されます。

会社A=500万円×訴訟係数80%×敗訴率50%×10年=2000万円

会社B=500万円×訴訟係数20%×敗訴率50%×10年=500万円

 

 このように、訴訟係数によって会社の長期的支出は大きく変わってきます。

 そこで、「訴訟係数を下げましょう。」ということになりますが、その方法は法的方法と非法的方法に分けられます。

 

 法的方法としては、

①懲戒処分を軽い方から段階的に課すなど手続保障を厚くすること(「何度も改善のチャンスをもらったのだからしょうがない」というような納得感を生じさせます。)、

②解雇事由に関する証拠をしっかりと揃えて示すことが挙げられます(①と②を併せて、労働者側に訴訟をしても敗訴する可能性が高いと理解させることで、訴訟係数が下がります。)。

 

 一方、非法的方法は、冒頭でもお話した理念経営の徹底であったり、解雇する際に無駄に怒り・恨みを買うようなことを言わないことであったり、再就職先の支援であったりします。

 法的方法である手続保障や証拠収集はかなり労務的コストのかかることで、中小企業が大企業並みのことが出来るかといえば厳しい面があるのですが、非法的方法はさほどコストをかけなくても(工夫は必要ですが)できます。

 

 「うちはよく裁判沙汰になるな。」と思われている方は、訴訟に勝つという観点だけでなく、訴訟にさせないという観点からも業務を見直されてみてはいかがかと思います。

 

 最後に、余談ですが、訴訟係数を上げる弁護士と下げる弁護士がいます。個人的には上げる弁護士の方が多数で、相手に対していきなり攻撃的な通知を送ります。それで相手は怒って弁護士に相談して訴訟に・・・と発展していきます。

 他方、訴訟係数を下げる弁護士は、いきなり攻撃的な通知は送りません。訴訟を辞さない態度を見せつつも「こちらの言い分はこうなんだけど、あなたの認識についてもお聞きして、良い解決案を探っていきたいんですよね。」といったテイストの通知を行います(勿論、依頼者が訴訟回避希望の場合です。)。

 訴訟係数という観点から弁護士を評価するのも有益かもしれませんね。

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