第102回 経営面から見た固定残業代制度
弁護士の内田です。
前回は経営理念について少しお話しました。これと関連して興味深い本を読みましたのでご紹介します。
「戦略の要諦」という書籍です。大胆に要約しますと、「パーパスやミッションから戦略は生まれない。戦略は課題と自社の認識・分析から生まれる。」です。
私自身、「パーパスやミッションがまず先にあって、それを達成するために戦略を考える。」と思っていましたが、パーパスやミッションは抽象的で、そこから行動を導く具体的な計画(戦略)は中々出てきませんでした。この本を手に取って、頭の中でモヤモヤとしていたものが晴れたように思います。
「では、自社を取り巻く「課題」は何なのか」と改めて思考を巡らさないといけないわけですが、こちらもそうすんなりと答えが出るわけではありません。最重要課題を認識・分析するというこの第1ステップが最も大切かと思いますので、じっくりとよく調査して答えを出したいと思います。
この「課題からスタートしてなすべきことを考える。」という発想は個人のレベルでも妥当することだと思います。皆さんが「戦略」的なものを考える際にも、参考にされてみてはいかがでしょうか。
なお、著者もパーパスやミッションを掲げることが不要とまでは言っていませんので、誤解のないように付言しておきます。
さて、本日の本題は「経営面から見た固定残業代制度」です。
固定残業代制度とは、残業(ここでは単純化して、1日8時間、週40時間を超えた法定時間外労働という意味とします。)が実際にあったか否かに関わらず、一定額の残業代(法律的には割増賃金と言いますが、馴染みがあるこの言葉を使います。)を支払うという制度です。
たとえば、固定残業代を3万円として雇用契約を締結した場合、法律どおりに残業代を計算したら2万円になったとしても3万円が支払われます。一方、計算したら4万円になった場合には、3万円を控除した1万円がプラスアルファとして支給されます(たまに固定残業代制度を採用していれば残業代は払わなくてもよいと誤解している会社もありますので注意が必要です。)。
固定残業代制度は法律に定めがあるわけではなく、判例上、一定の要件の下で有効と認められています。通説的な理解としては、①当該固定残業代が残業代として性質を有することが明確であること、②固定残業代部分と他の賃金とが区分されていること、③法律に基づき計算された残業代が固定残業代を超える場合にはその超過額を支払うようになっていること、の3要件を満たすことが必要と解されています。
初めの①ですが、雇用契約書なり賃金規程に「時間外労働に対する割増賃金として支給する。」と明記されていれば問題になることは少ないです。②は雇用契約書・賃金規程・給与明細において基本給などの他の賃金と分けて記載がなされていれば概ね認められます。③に関しては、いくら賃金規程等で「超過額は別途支払う。」などと規定していても、全くその実態がない場合(法律に基づく残業代の計算自体をしていないとか、しているけど一切払っていないなど)は満たさないと解される場合があるので注意が必要です。
さて、この固定残業代制度ですが、皆さんは「結局、法律どおりに残業代を計算して払うのであれば、この制度を採用するメリットって会社に無いのでは?むしろ、残業がないのに残業代を払うこともあるわけだから、デメリットしかないのでは?」と思われたのではないでしょうか。
実は、賃金の面でみると全くそのとおりで、固定残業代制度には賃金を安くする効果は全くありませんし、残業代計算・支給の事務が簡素化されることもありません。一時期、そのネーミングから残業代が安くなると勘違いして導入した企業も多かったようですが、そのような効果一切見込めません。
それでも、未だに固定残業代制度を採用している会社は少なくありません。それはなぜでしょうか。
この制度には金銭面以外でのメリットもあり、それは「求人の際に賃金額を高く見せることができる。」です。厚生労働省からの指導もあって求人票にはちゃんと固定残業代と基本給などを分け、かつ固定残業代の説明も書かなければならないことになっているのですが、それでも残業を考慮しない賃金総額だけを見て応募してくる労働者は一定数いるようです。
たとえば、「基本給20万円」だけが書かれている求人票よりも「基本給20万円」「固定残業手当5万円(時間外労働の有無にかかわらず時間外手当として支給)」などと書いてある方が魅力的に映るわけです。
「労働時間が長くなってもいいから、固定でもらえる月手取り額を増やしたい」という人にはそれなりに吸引力があるのですが、最近はそういった人も少ないのではないかと思います。
もう1つのメリットとして言われているのは、「残業をしてもしなくても固定残業代が支給されるので、労働者がなるべく残業しないように仕事をするようになり、業務効率が向上する。」です。ただ、ちょっと本当にそうなるのか疑問ですよね。
私個人としては、固定残業代制度は争いになりやすいということもあって、あまり導入をお勧めしていません。
賃金体系はシンプルに、というのが現在の主流です(固定給+歩合給のみ、手当はなし、など)。
いかがだったでしょうか。
近時の判例は、「残業代制度の趣旨は、使用者に対し、時間外労働に対して割増の賃金を支払わせることによって時間外労働を抑制しようとすることにある。この趣旨を没却するような制度は無効だ。」ということを言っていますので、制度設計で残業代を減らそうという試みは失敗する可能性が高いです。
今後は、業務効率化やワークシェアなどを活用して、残業そのものを少なくしていくことが正しい企業努力となるでしょう。