第103回 書類の証明力
弁護士の内田です。
先日、yahooニュースで「日本人の労働者1人辺りのGDPはデンマークに比べて著しく低い」という記事を見かけました。
理由の1つとして指摘されていたのが「無用なダブルチェックが多すぎる。」ということでした。
皆さんの会社ではいかがでしょうか。
「書面の作成者が自分自身で責任を持って注意して作成すれば足り、いちいち上司がチェックする必要はない。ダブルチェックは重要書類に限ってすれば足りる。」というのが西洋的な考えのようです。
皆さんも「言われてみれば・・・」と思うところがありませんか。
個人的には、やたらとダブルチェックする弊害は、①部下が「どうせ上司の修正が入る。」という意識になり、自分自身で創意工夫し、また、ミスがないようにしようとする意識が低下する(これに伴い、部下の成長も鈍化する。)、②上司の時間がチェックに割かれることになり上司の生産性も低下する、の2点が大きいと思います。この悪影響の大きさは「ミスを無くす。」というプラスの面を帳消しにしてなお余る場合もあるでしょう。
新人の作った書面をノールックで外に出すということはないにしても、上司がチェックする書面の種類(もっと細かく絞ればチェックする項目)は限定していく方が競争力強化のために良いかと思う今日この頃です。
さて、本日の本題は「書類の証明力」です。
書類と言いましたが、訴訟では証拠として提出する書類を「書証」と言います。LINEのやりとりなんかも結局はスクリーンショットを印刷して紙で出すので「書証」になります。
裁判官は「書証」を重視します。訴訟当事者は自分の利害に関することだから好き勝手に嘘も言う、だからそのような供述証拠ではなく客観的な証拠である書証に力点において事実を認定しよう、というわけです。
もう少し裁判官の事実認定について深堀して解説すると、裁判官は、①争いのない事実(争っている当事者が「この事実はあった。」と認めている事実)と、②客観的な証拠によって明らかに認められる事実をまず確定させます。
細かいことを言うともっと色々あるのですが、極論すると①②と矛盾・不整合しているような話は信用しないし、逆に①②に整合している話は信用されます。
書証は、上述した「客観的な証拠」なわけですが、その証明力は書類の種類等によって違います。書証とはいえ、あまり信用できないものもあれば、それがあればほぼ確実に認定できるという信用性の高いものもあります。
証明力が高い、書証の王様と言ってよいのが「契約書」です。専門用語では「処分証書」と呼ばれ、契約書がある場合には、原則として裁判所は契約書に記載された内容どおりの事実があったと認定しなければならなくなります。たとえば、売買契約書に「甲は乙に対し、〇〇を代金10万円で売り渡した。」と記載されていれば、乙がいくら「買ってない!」と主張しても裁判所は契約書通りに認定することになります。例外は、乙が積極的に「契約書には売ったと書いてあるが実際にはこういう話で売買はなかった。」というように契約書記載に反する事実を証拠によって立証した場合などになります。
また、一般的に、私文書(民間人が作成した文書)よりも公文書(公務員が公務上作成した文書)の方が証明力に優れると考えられています。公文書に反する事実を主張しても中々認められませんが、契約書と同様に、書面に記載された事実に反する事実を主張する者が積極的に証拠を持って反真実を証明できれば認定が覆ることはあります。
文書が作成された時期も重要です。一般的に、紛争になってから作成された文書は信用されません(当事者によって都合よく作成された疑いが強いからです。)。その文書が「いつ」作成されたものかは法律家によって重要なのですが、実務上、日付欄が空欄のままになっている契約書等をよく見ます。 ビジネスパーソンとしては、日付欄の記入を怠らないようにしなければなりません。
普段、皆さんは「面倒だな」と思いながらも大量の書面を捌かれているのではないかと思います。「お役所に出さないといけないから」という書面も多いでしょうが、民事訴訟になったときの「証拠」を作っている(準備している)という側面もあります。
退屈な書面作業も「もし裁判になったらこの書面からどういう事実が認定されるのだろうか」という視点で改めて見てみると、少しは楽しく感じるかもしれません。