第115回 非違行為と退職金制度

弁護士の内田です。

 最近は世界情勢が不安定ですね。世界が対話や法ではなく武力で物事を解決しようという方向に流れているようで、少し怖く感じます。

 紛争解決学という学問があるのですが、そこでは武力行使は避けるべきとされています。殺し合いになると交渉による解決が困難になるからです。

 紛争を予防し、又は発生した紛争を泥沼化させないためには、国家間の経済的・文化的交流を築いたり、利害関係者の事情を考慮して公正な取引ルールを作ったりと、根気と時間のかかる努力が必要です。その努力を放棄し、いわば「ぶん殴って黙らせる。」という低きに流れていけば、行きつく先は暗いところになるのでしょう。

 国の偉い方々には、知性的・理性的な対応をお願いしたいところです。

 

さて、今回のテーマは、「非違行為と退職金制度」です。

本年4月17日、衝撃的な最高裁判決が出されました。事案としては、市のバス乗務員が運賃1000円を着服したとして懲戒解雇され、退職金約1200万円を不支給とされたという事案です。高等裁判所は、やったことに対して処分が重すぎるとして退職金は支払うべきという判断を示していましたが、最高裁で一転して退職金全額不支給は適法との判断を示しました。

1000円の横領で1200万円が0円に、という衝撃もありますが、法律実務家として興味深い点は「裁判所は最近労働者に厳しくなった」という点です。

 

従来、裁判所は周りの従業員にとても迷惑な従業員でも中々解雇は認めませんでしたし、退職金の全額不支給も「永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な背信行為」がなければ認められないなどとして、あまり認めてきませんでした。

たとえば、平成15年の裁判例では、電鉄の社員が痴漢で逮捕されて有罪判決を受けて懲戒解雇されたのですが、退職金全額不支給は行き過ぎだとして3割は支払えという判断がなされています。また、平成27年の裁判例では酒気帯び運転で懲戒免職された県職員に対する退職金全額不支給も違法と判断されていました。

ところが、令和に入ってからは、上述した裁判例の事案と比較して特に悪質性が高いというわけではないような事案でも、退職金全額不支給を適法とする判断が増えていました。そのような中で、冒頭にお話した1000円横領事件判決が出されたのです。

そもそも論として、退職金の支給を義務付ける法律はありません。中小企業では退職金制度がない会社も珍しくありません。

退職金の額や支給条件は、原則として、当事者の「合意」によって決まります。つまり、退職金を請求する権利は、契約(合意)が根拠になって発生するのです。

このような退職金の性質からすれば、「懲戒解雇された場合には退職金は支給されない。」という退職金規程のある会社に入社して懲戒解雇された場合には、退職金が支給されないのは当然ということになります。

 

裁判所はこのような原則論がありながらも「労働者は弱い立場だから」ということで、後見的に私人間契約に介入して、実質的な契約の修正を行ってきたといえます。

しかし、最近、このような後見的介入を控えるようになってきたのです。

 

なぜ、裁判所の態度が変わってきたのかは定かではありませんが、1つには労働市場が売り手市場化したことがあるのではないかと思います。労働者側が強くなってきたので「もうそんなに後見的に介入して助ける必要はないのでは?」と思ってきたのではないでしょうか。

判決理由を見ても、県や市の裁量を広く認めるかのような言い回しが目立ちます。

 

今後も、裁判所の事実認定には着目していく必要があるといえるでしょう。

 

いかがだったでしょうか。

我が国の某自動車メーカーが大幅なリストラをするということで大きなニュースになっていましたが、いつもニュースは「点」でしか報道しません。なぜそのようなリストラが断行されるに至ったのか、リストラにより退職した方々がその後にどういう道を辿っていったのか、などももう少し詳しく報道してもらいたいと思います。

リストラは正確にはリストラクチャリングと言い、組織の再構成といった意味で、それ自体、ネガティブな言葉ではありません。点で見れば「クビ」ですが、線で見れば、①組織再構成による収益性の改善→②利益の発生及び再投資→③雇用の創出となっていくのであり、必ずしも悪ではありません。

 

米国のように労働者に対する制度的な保護が薄すぎる(市場任せすぎる)のも日本人の気質的にどうかとは思いますが、他方で制度的に保護し過ぎるのもどうかと思います(政府は「リスキリング」を推奨していますが、制度的保護が強すぎるとリスキリングしようといった動機が無くなりますよね。)。

中間的な制度があれば良いと思うのですが、中々その設計は難しいようです。

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