第88回「過酷執行について」
弁護士の内田です。
暑くなってきましたね。熱中症に気を付けなければならない季節です。
弁護士の仕事は基本的に室内なので、熱中症になるようなことはあまりないのですが、たまに事件の関係で現場検証のようなことをすることもあります。交通事故事件や労災事件では現場に行くことも少なくありませんし、事件現場が山奥だと山登りをする場合もあります(個人的な経験として事件の関係で雪山に登ったこともあります。)。
デスクワークが多い仕事なので、たまの外仕事になると少しテンションが上がります。
室外の仕事が多い企業では、熱中症対策を講じていなかったことによる安全配慮義務違反を問われることもありますので、注意が必要です。長時間炎天下で作業をさせない、こまめに水分補給をさせる、といった指示を行う(人的措置)、通気性のよい作業着を支給する(物的措置)、といった対策が考えられるところです。
さて、本日のテーマは「過酷執行」です。
皆様は、この言葉をご存知だったでしょうか。
おそらく、ほとんどの方がご存知ないかと思います。法律を勉強されている方でも知らないことが多いです(恥ずかしながら、私も弁護士になるまで知りませんでした。)。
実務上は極めて重要な概念なのですが、あまり書籍に書かれず、内容も具体的にされていません。
過酷執行を簡単に言えば、「強制執行をしたら債務者が過酷過ぎる状態に置かれるのであれば、その執行は認められない。」という考え方です。
たとえば、賃料を全く支払わない建物賃借人がいたとします。このような場合、通常、建物賃貸人は、①訴訟提起→②判決取得→③強制執行、という手順で強制的に建物賃借人を追い出すことが出来ます。しかし、この建物賃借人が高齢で身寄りがなく追い出されると他のどこにも行けないというような場合、無理やり追い出すと最悪死亡するなど過酷過ぎる結果になるため、執行が許されないということになります。これが過酷執行の考え方です。
結果、建物賃貸人は、家賃を全く払ってもらえないのに建物を貸し続けなければならないということになります。権利は裁判を通じて最終的には強制的に実現されるという法の大原則に対する例外になるのです。
なぜ、このような重要な概念があまり解説されていないのかと言いますと、まず実務上は過酷執行になるような場合でも債権者(上記の例でいえば建物賃貸人)と執行官が協力して債務者(上記の例でいえば建物賃借人)の新しい居住先を見つけて引越代も負担してそちらに移転してもらうことで何とか解決しており、実際に過酷執行だとして執行不可で事件が終了することは少ないからです。
また、どのような場合に過酷執行になるのかという基準が明らかにされるといわゆる占有屋が悪用する危険性があり、あまり情報が公にされていないという面もあります。
企業、特に不動産事業者にとってこの問題は死活問題で、少子高齢者社会において「賃借人が高齢者で強制執行でも追い出せない。」ということはこれから増加してくるでしょう。
高齢者に建物を賃借する場合、保証人・保証会社を付けるなどの対策を十分に講じておく必要があります。誰でもいずれは高齢者になりますから、究極的には数年で退去することが明らかな学生などでない限り、常に過酷執行になりうることを視野に入れておく必要があります。
投資話として、「マンションを購入して賃料でローンを返済し、老後の年金代わりになる収入を確保しよう。」みたいな話も聞きますが、こういったリスクには触れていません。
建物賃貸ビジネスに関わる事業者は、是非、建物賃貸にはこのようなリスクがあることを忘れないようにしてください。
いかがだったでしょうか。
この過酷執行の問題については、個人的には国が何らかの対策を講じるべきだと思っています。この問題を私的自治の問題として放置すれば、企業は中高年への建物賃貸を抑制するようになり経済にも悪影響を生じてくるでしょう。
建物は生活の本拠になる重要なインフラですので、国には対策の強化を急いで欲しいところです。
以上