第45回メルマガ記事「取得時効について」2019.10.24
弁護士の内田です。
やっと暑さも落ち着いてきましたね。お昼に食べたちゃんぽんが美味しかったです。
ところで、ちゃんぽんのスープの見た目は豚骨スープですが、実際には何から作られているのでしょうか?
意外と、一からちゃんぽんを作ることってありませんね。
さて、ちゃんぽんの話はそこそこにして、本論ですが、今回は、「時効」の話をします。
時効というと、「ほっとくと権利が消えるんでしょ。」と思われる方も多いでしょう。これを消滅時効と言います。
来年の改正民法施行により変わるのもこの消滅時効です。
あまり知られていないのがその逆で、「取得時効」と言います。その名のとおり、時間の経過により他人の権利を取得できてしまう恐ろしい制度です。
簡単に言ってしまえば、「自分の所有物じゃない。」と分かって占有を続けた場合でも20年、「自分の所有物だ。」と勘違いして占有を続けた場合には10年で取得時効が完成します。
たとえば、雨の日、自分の傘と似たような傘を間違って持って帰って、それを10年間持ち続けていれば、他人の傘でも自分の物にできるというわけです。
傘ならいいですが、これが建物や土地となると話はもっと大きくなります。
ところで、私はマンションを賃借して住んでいますが、20年間借りて占有し続けていれば、マンションは私に物になるのでしょうか?
答えは、勿論、「No」です。
取得時効完成のための要件として、「所有の意思をもって」というものがあります。つまり、「自分の物だ。」という意思(前述のとおり、自分の所有物でないと分かっていても取得時効は成立するので、厳密には、「自分の物にしようとする意思」ということになります。)がないと、何年占有しても自分の物にはならないわけです。
マンションはあくまで借りているものですから、私には「所有の意思」がなく、私は何年賃借を続けてもマンションを取得することはできないということになります。
では、私が今借りているマンションを「自分の所有物にしよう。」という意思を持っていた場合はどうでしょうか。
所有の意思があることから取得時効が完成しそうですよね?
しかし、これもまた答えは「No」です。
所有の意思があったかどうかは、占有を開始した原因から客観的に判断されます。他人の物を借りるという「賃貸借契約」を原因として占有を開始している以上、「所有の意思」は認められない、ということになるのです。
実際、実務において取得時効に出会うことはあまりありません。しかし、唯一、取得時効がほとんど問題となる事件があります。
それは、「境界」の事件です。
隣り合う土地の所有者AさんとBさんがいたとします。Aさんは勝手にBさんの土地の一部に塀を作るなどしてBさんの土地を越境してきたとします。
この場合、Bさんから相談を受けた弁護士は、まず「Aさんはいつその塀を立てたんですか?」と聴きます。そのときから10年又は20年が経過していると取得時効が完成しており、下手にAさんを訴えようものなら逆に取得時効を主張されて土地の一部を取られてしまうからです。
このような場合、交渉でやんわりと塀の撤去等を求めた方が無難です。
ところで、なぜ上記Aさんのような悪い人が得する「取得時効」という制度があるのでしょうか。
それは、長期間継続した事実状態を保護して法的安定性を確保するためです。10年又は20年といった長期間占有が継続した場合、もはやその事実状態は社会秩序として法的保護に値し、Bさんも今更になっておかしいとか言って事実状態を変えてはいけませんよ、という考え方です。
このような制度がある以上、「お隣さんが越境してきているけど、まぁ先々で指摘することにしよう。」とのんびりと構えていてはいけません。
会社の場合は、役員が越境の事実を知りながら放置して取得時効が完成し、会社の土地の一部がお隣さんに取られてしまった場合、会社に対する損害賠償を命じられる可能性もあります。
いかがだったでしょうか。
取得時効に限らず、「時効」制度は一般人の感覚からすると何とも納得できないところが多い制度です。
しかし、法律がおかしいと言ってもそう簡単には法律は変わらないので、企業人としては常に「時効」には気をつけるようにしましょう。