第53回メルマガ記事「投資判断と法律判断」2020.6.25
弁護士の内田です。
新型コロナウイルスの感染拡大は一応落ち着いたとはいえ、まだまだ油断できないところです。
ところで、新型コロナウイルスの感染拡大がもたらした変化として、リモートワークの活用が挙げられます。かく言う私も、ZOOM等の遠隔コミュニケーションソフトを使用して何度か講演等を行いました。
個人的な感想としては、たしかに便利ですが、表情や微妙なニュアンスは伝わりにくいですね。事務的なやりとりはリモートでもよいですが、大切な場面ではやはり直接会って話をした方がよいのかなと思いました。
さて、今日のテーマは投資判断と法律判断です。
どういう話かと言いますと、投資判断と法律判断はパラレルに考えることができるという話です。
典型的な投資判断の枠組みとしては、NPV(正味現在価値)法が挙げられます。
NPV法の詳細な説明はしませんが、要は、ある投資から得られる将来のキャッシュフローを算出し、それを現在価値に引き直して+となる金額を算出する方法です。これに期待値の考え方を加えると投資案の良否を比較することができます(さらには分散などの統計的手法を加えるとさらに精度が高くなります。)。
投資案Aは、機械Aを1000万円で購入するもので、70%の確率でNPVが+200万円となるが、30%の確率でNPVが-100万円となるとします。この場合、投資案Aの期待NPVは(200万円×70%)+(-100万円×30%)=110万円と評価できます。
仮に投資案Bが機械Bを2000万円で購入するものだとして、60%の確率でNPVが+500万円となるが、40%の確率でNPVが-500万円になるとすると、投資案Bの期待NPVは(600万円×60%)+(-500万円×40%)=160万円となります。
この期待NPVを比較すると投資案Bの方が優れているという判断になります(分散を考慮すると微妙そうですが・・・)。
法律的判断にもこのような思考の枠組みを応用することができます。
たとえば、あなたの会社の従業員が「これはパワハラではないか。慰謝料として30万円は払って欲しい。」と言ってきたとしましょう。
あなたが顧問弁護士に当該従業員のキャラクターや家族構成、業界の状況、他の従業員からヒアリングした内容など事件に関係する諸事実に報告し、弁護士の見通しは以下のとおりであったとします。
①パワハラには該当しないということで相手の要求を拒否した場合に、相手が訴えてくる可能性は60%と思われる(40%であきらめる。)。
②相手が訴えてきた場合、訴訟でパワハラが認定されて損害賠償として50万円の支払義務が認められる可能性が20%である。
③訴訟において20万円の支払で和解する可能性が60%である。
④訴訟において相手の請求が棄却されて支払額は0円となる可能性が20%である。
ここで会社には「すぐに30万円を払って示談する。」という選択肢A(投資案)と「パワハラには当たらないとして請求を拒否する。」という選択肢Bがあるとします。
現在価値への割引は無視するとした場合、選択肢Aの期待値は-30万円(-30万円×100%)です。
選択肢Bの方は少し難しいのですが、訴訟の期待値は-22万円((-50万円×20%)+(-20万円×60%)+(-0円×20%))となり、そもそも訴訟になる可能性は60%しかないですから(相手が訴訟はせずにあきらめる=0円となる可能性が40%)、選択肢Bの期待地は-13.2万((-22万円×60%)+(0円×40%))となります。
そうすると、負の期待値は選択肢Aの方が高いので、選択肢Bを選ぶのが合理的ということになります。
勿論、上記の事例は極めて単純化しています(弁護士費用、労務コスト、時間的コスト等も考慮しなければならないでしょう。)。会社の信用など必ずしも金銭評価できない要素もありますし、同種事件の再発防止など非金銭的要素も加味しなければなりません。
ただ、法務担当者は、上記のような「数値」をおよそ把握せず、「何となく」で過度に楽観し、また過度に悲観することがあってはなりません。究極的には経営判断の補助をしなければならない以上、ある程度の数値化は必要です。
以上、今回は若干小難しい話になりましたがいかがだったでしょうか。