メンタルヘルス不調者への対応
1 メンタルヘルス対策の必要性
メンタルヘルスとは精神的、心理的な健康状態のことを指す言葉です。この心理的健康状態に不調が生じている人のことをメンタルヘルス不調者と言ったりします。なぜ、企業にはメンタルヘルス対策が必要なのでしょう。
(1)生産性の低下
社員がメンタルヘルス不調になると、本人自身の生産性が低下します。仕事上ミスが増えるにとどまらず、遅刻や無断欠勤といったことも起こり得ます。このような事態が頻発すると、一人の従業員の生産性の低下した部分を他の従業員が補う必要が出てきます。そうなると、職場環境も悪くなり、職場全体での作業効率が落ちる可能性も考えられます。
(2)損害賠償責任
労働契約法上、使用者は労働者に対し安全配慮義務を負います(労働契約法5条)。この安全配慮義務の内容にメンタルヘルス対策も含まれるとの解釈がなされており、これを怠った場合、使用者は民法上の損害賠償責任(民法709条、同法415条等)を負うことになるのです。事案によっては、当該賠償責任は非常に多額となることもあり、企業にとって財務上の痛手になりかねません。
(3)企業イメージの低下
上記安全配慮義務違反が公になると、企業に対する社会の信用の低下は避けられません。
これらの理由から、企業にとっては、リスク管理の一環としてメンタルヘルス対策が必要となるのです。
2 メンタルヘルス対策
・社内体制の整備
突然労働者が医療機関からの診断書を会社に提出し、そのまま休職してしまうと、会社としてはとても困ります。休職者の仕事の引継ぎ等の問題もありますが、何の事情も把握できていない状態で突然訴えられるなどという事態になりかねないからです。
そうならないためにも、労働環境を良好に保つ仕組みや労働者自身の健康状態を把握できるような仕組みを作っておき、いち早くメンタルヘルス不調者に対応できるようにしておくことが大切です。
・初期対応
労働者にメンタルヘルス不調が疑われる場合、労働者に医師の受診を勧めることになります(受診勧告)。もっとも、メンタルヘルス不調が疑われる場合であっても、メンタルヘルス不調かどうかは医師の医学的判断が必要となりますので、医師資格を有しない会社関係者が素人判断でメンタルヘルス不調と決めつけて対応してはいけません。労働者の体調等を心配している旨を伝え、不調の原因をはっきりさせるために医師の受診を勧めるなどの工夫が必要です。会社に産業医がいる場合は、産業医と連携して具体的な対応を決めるのが良いでしょう。
なお、受診勧告が拒否されることもままあります。その場合は就業規則にしたがって受診命令を出すことになります。このような場合も想定して、就業規則に受診命令に関する項目を明記すべきでしょう。
・休職等の措置
医師の受診を経た結果、休養が必要である旨の診断が出た場合、同診断に基づき休職手続に入ることになります。基本的には労働者に休職届の提出を促すことになりますが、場合によっては休職命令を出すことになります。
・復職措置
労働者が、休職等を経て、雇用契約に従い労務を提供することができる程度に回復した場合は復職手続きを行います。ここで重要なのは、あくまで「債務の本旨に従った労務の提供が可能かどうか」を基準に判断しなければならず、労働者の症状が改善したかどうかを基準に復職可能かどうかを判断してはならない点です。
また、同基準に基づいて復職した際に、従事する業務内容も変更する必要がある場合も考えられます。この場合、労働条件の変更も必要となる可能性がありますので、復職前に変更後の労働条件についても合意を得ておく必要があります。
3 おわりに
上記のとおり、メンタルヘルス対策は企業にとってリスク管理上必須の項目です。しかし、一口にメンタルヘルス対策と言っても、その内容は多岐にわたり、また専門性が非常に高いことは否定できません。上述した内容の他にも退職措置等、対応しなければならない問題は多々ありますし、個々の項目ごとに個別具体的にどういった対応をするべきかという問題もあります。
メンタルヘルス対策の必要性を感じたときは、気になる労働者の勤務状況や会社の就業規則等の資料を持って、一度弁護士に相談してみてはいかがでしょうか。