問題社員対応
1 はじめに
会社が然るべき指導を行っても、業務遂行能力に劣り改善しない従業員、無断欠勤等が絶えない従業員など、いわゆる「問題社員」は残念ながら一定数存在します。問題社員を放置すれば、他の従業員にも迷惑がかかり、会社全体の生産性が低下します。
会社が問題社員に直面した場合、その従業員に退職してもらうための手段としてすぐに思いつくのは「解雇」です。しかし、解雇は最後の手段で、まずは退職勧奨など他の方法により円満退社していただく方法を模索すべきです。その方が、会社にとっても退職する従業員にとっても良い結果となることが多いです。
問題社員を放置するリスクについては、当事務所の内田弁護士が外部サイト「ちょこ弁」にて解説しております。あわせてお読みください>>
2 解雇の種類等
解雇は、大きく①普通解雇、②整理解雇、③懲戒解雇の3つに分類されています。
解雇そのものではありませんが、内定取り消し(法律的には、「始期付・解約権留保付労働契約に基づく解約権の行使」ということになります。)も解雇に準じて考えられています。「内定取消しには、そんなに大した理由はいらない!」と思われている方も多いですが、実際には、内定取消しにもそれなりのハードルがあります。
なお、試用期間満了又は途中の本採用拒否は、解雇に当たると解されています。こちらも「大した理由はいらない!」と勘違いされている方が多いので注意が必要です。
3 解雇が無効と判断された場合のダメージ
訴訟になり、最終的に裁判所から解雇が無効と判断された場合、会社は当該従業員に対し、支払っていなかった解雇から判決確定までの賃金を支払わなければなりません(民法536条2項)。訴訟は1年を超えることもめずらしくないため、会社が遡って支払わなければならない金額は多額になることが多いです。
挙句、当該従業員は会社に復帰することになります。現場に混乱が生じる可能性が高いことはいうまでもありません。
もっとも、実際には、従業員側も会社には戻りづらいので、会社が給与の3~12カ月分を当該従業員に支払うことで和解することが多いです。裁判所の心証が会社に不利になればなるほど和解で会社が支払う金額は大きくなる傾向にあります。
4 解雇の有効要件
(1)総論
労働契約法16条は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と定めており、これは一般に解雇権濫用法理と言われています。
この法理は、解雇は、労働者の生活の糧である収入を一方的に断つものであることから、解雇が有効と認められるためには高度の合理性・相当性がなければならないとの考えに基づいています。
なお、前提条件としては、解雇事由は雇用契約書又は就業規則等に記載されている必要がありますので、予め就業規則は整備しておきましょう。
(2)内定取消し
内定取消しが有効になるのは、「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実」があり、それを理由に採用内定を取り消すことが「解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的に認められ社会通念上相当として是認」できる場合に限られるとされています。
内定取消しが有効と認められる典型例は、留年した場合や健康上の理由で就労に適さなくなった場合、重大な経歴詐称があった場合、犯罪行為等により有罪となった場合(起訴猶予の場合を含む)などです。一言で言ってしまえば、内定者側に明らかな非がある場合ですね。
(3)試用期間満了時の本採用拒否
よく問題となるのは、試用期間を終えた段階で不適正と判断されて、本採用を拒否する場合です。この場合の本採用拒否は解雇ですが、通常の解雇よりは認められる範囲が広いです。
試用期間中に判明した能力不足を理由に本採用拒否を検討することは少なくありませんが、なかなか能力不足のみを理由とする本採用拒否が有効と認められることはありません。多少の能力不足は、会社の指導・教育によって矯正すべきと考えられているからです。
他方で、上司の命令に正当な理由なく複数回従わなかった、重要な業務がある日に休暇をとった、面接時にパソコンに精通しているなどと述べていたにもかかわらず容易なパソコン事務も満足に行うことができなかったなど、会社が期待する業務が実行される可能性が見出しがたいという場合には、本採用拒否が認められています。
(4)普通解雇
私傷病により労務の提供をできない場合の解雇など制裁として行うものではない解雇が普通解雇に分類されます(その意味で、整理解雇も普通解雇の一種と考えられています。)。
新卒採用や経験不問での中途採用の場合、能力不足を理由に解雇することは、相当ハードルが高いです。具体的には、単なる能力不足というだけではなく、能力不足が著しく、かつ、指導・教育によっても改善の可能性が低いと認められなければなりません。
たとえば、人事考課で5段階評価中下から2番目の成績が5年間続いていた場合であっても、裁判所は、ミスなく行える業務もあることや降格などの処分も考えられることなどを理由に解雇を無効と判断しています。
以上に対し、勤怠不良に関しては、意外かもしれませんが、能力不足を理由とする解雇に比べて、裁判所は比較的緩やかに解雇を認めています(それでもハードルが低いわけではありません。)。
長期欠勤、無断欠勤の繰り返し、遅刻・早退の繰り返しが認められる場合、解雇が認められることが多いといえます。裁判所は、9カ月の間に46日間および13日間の長期欠勤があり、かつ、遅刻も相当回数あった事案で、解雇を有効と認めています。
但し、一方で、13カ月の間に、無駄欠勤10日、遅刻17回、無断早退2回があった事案で、会社が勤務時間を厳格に管理していなかったことや当該労働者に対して相当な注意をしていなかったことを理由として解雇を無効としていますので、前提として、会社はきちんと労働時間管理を行い、また遅刻等があった場合にはきちんと指導・注意しておかなければなりません。
(5)懲戒解雇
ア 総論
懲戒解雇は、普通解雇の場合と比べて、退職金の一部又は全部が不支給になる、再就職に支障が生じるなど労働者にとって不利益が大きいので、普通解雇に比較して解雇が有効と認められるためのハードルは高いです。
懲戒に関しては、労働契約法15条が「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と労働契約法16条と似たような定めをしています。
まず、前提条件として、懲戒事由は就業規則や労働契約書に明記され、労働者に周知されていなければなりません(明確性の原則)。そして、当然ですが、労働者の行為が懲戒事由に該当していなければなりません。
これらの他に、遡及処罰の禁止、一事不再理、比例原則、平等原則、適正原手続といった懲戒のルールがあり、この中で、特に注意が必要なのは、比例原則と適正手続です。すなわち、懲戒処分は、非違行為の種類・程度に応じて処分の程度が相当なものでなければならず(比例原則)、労働者に弁明の機会を付与しなければなりません(適正手続)。
まず、比例原則の観点から見ますと、横領など業務として金銭を預かる者が会社の金銭を領得する行為については、裁判所は比較的懲戒解雇を相当と認めています。他方、インターネットへの不適切な書き込みやハラスメント、私生活上の非行などについては、程度にもよりますが、一般的には解雇の相当性を厳しく審査しています。
適正手続の点で重要なことは、会社はきちんと事実認定を行った上で労働者に弁明の機会を与えなければならないということです。労働者が事実を否認しているのにさしたる証拠もないのに非行事実を認定してなされた懲戒処分は無効と判断されます。また、原則としては、いきなり懲戒解雇に付するのではなく、戒告、減給、出勤停止等のより軽い処分から課していくべきといえます。
イ 具体例
(ア)業務上横領
判例では、バス運転手がバス料金3800円を横領した事案で懲戒解雇を有効と判断しています。金額が僅少でも、横領に対しては懲戒解雇が相当と認められる傾向にあるといえます。
もっとも、そもそも証拠上横領を認定できない場合や横領の故意が認定できない場合には、懲戒解雇は無効となります。
(イ)インターネットへの不適切な書き込み
最近多くなっているのがこの類型の事件です。
わずかな時間であればともかく、勤務時間中に業務に関係のない書き込みをするのは職務専念義務違反となります。また、勤務時間外の書き込みであっても、労働者は秘密保持義務や企業秩序を遵守する義務を負っていますので、会社や会社の従業員等の社会的評価を下げるような書き込みをすれば企業秩序遵守義務違反となります。
とはいえ、極端な事案でない限り、勤務時間中のインターネット利用をもって懲戒解雇が相当と認められることはありません。
裁判所は、教職員が出会い系サイトで知り合った女性と卑猥なメールを約5年間で受信1650件・送信1330件していた事案で懲戒解雇を有効としています(但し、この事案でも、裁判所は教育者であることや反省の態度が不十分であったことなども懲戒解雇を相当とする理由として挙げています)。
業務中にインターネットへの書き込みなどをする従業員に対しては、そのつど注意して、段階的に処分していくのが原則的な対応となります。
(ウ)セクハラ
裁判所は、強制わいせつのような犯罪に該当するような行為については、懲戒解雇を有効とする傾向がある一方で、そこまでいたらない行為(卑猥な言葉を口にする、肩に手をかける、手を握るなど)については、従前の注意の有無・行為の継続性・反省の有無などを考慮して懲戒解雇の相当性を判断しています。
たとえば、部下の女性に対してキスをして胸を触るなどの行為をした従業員に対する懲戒解雇は有効と判断されていますが、宴の席で女性の手を握る、デートに誘うなどにとどまる場合には、当該行為者が長年会社に貢献してきたことや会社も十分な注意をしてこなかったことなどを理由に、懲戒解雇を無効としています。
犯罪的な行為があった場合は別として、原則的な対応としては、やはり、戒告などの軽い処分から課していくということになります。
(エ)私生活上の非行
会社は従業員の私生活にまで立ち入る権利を有するわけではないので、原則として私生活上の非行を理由として懲戒処分をすることはできません。
但し、当該私生活上の非行が会社の社会的評価を毀損するようなものであった場合には、懲戒処分の対象となり得ます。
よく報道されるのが飲酒運転ですが、裁判所は、運送業を営む会社の従業員については、私生活上・業務上を問わず、懲戒解雇を有効とする傾向にある一方で、運送業以外の者の私生活上の飲酒運転については、「酒酔い」なのか「酒気帯び」なのか、物損事故なのか人身事故なのかなどを考慮して懲戒解雇の相当性を判断しています。
酒酔い運転で人身事故を起こしたというような悪質なケースでは懲戒解雇を有効とする判例がありますが、酒気帯びにとどまる場合には即懲戒解雇は無効とするものが多いといえます。
(6)整理解雇
整理解雇の要件は少し特殊で、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続の妥当性という4要素を充たしている必要があります。 整理解雇は問題社員対応と直接関係しないので、この程度の説明にとどめます。
5 対策
(1)解雇が有効になりうるのかを検討
まず、いずれの解雇をするにしても、会社が認識している事実を全て証明できると仮定してその事実を前提としても、果たして解雇が有効と判断されるか慎重に検討しなければなりません。
この判断は、解雇に関する判例の十分な理解がないと適切に行えませんので、弁護士に相談することをお勧めします。
(2)証拠の収集
万が一解雇の有効性が争われた場合、会社が解雇の前提とした事実を証明できなければなりませんし、適正手続を踏んだことの立証も必要になります。
たとえば、軽微な非行を繰り返しがある場合、その都度、始末書など非違事実が記載された書面を当該従業員に提出させなければなりませんし、注意・指導をしたことや戒告などの軽い処分は既に課していることを証明するために書面で通知を出しておかなければなりません。
また、従業員が事実関係を争っている場合には、関係者からのヒアリングした内容を陳述書といった形で整理しておくことが必要ですし(事実調査の妨げになるようであれば問題社員に対して「自宅待機命令」を発出することもあります。)、どの証拠からどのような事実を認定して、認定した事実からさらにどのような事実を推認したのかといった事実認定の過程も書面で整理しておく必要があるでしょう。
このように、解雇を選択せざるえない場合には、地道な証拠の積み重ねが必要になります。
(3)最後の退職勧奨
証拠も揃った、解雇の要件も満たしている、訴訟になっても勝てる、と思っても、解雇通知を出すのは早計です。
解雇の要件は前述のとおり抽象的であるため、裁判官によっては会社の見通しと違う見解を示す場合もあります。基本的に、訴訟リスクが0ということはあり得ませんので、まずは、リスクの少ない退職勧奨により、任意に退職するよう説得します。
(4)解雇通知
上記(3)のとおり退職勧奨を行っても、労働者が強硬に退職しない旨の意思を明確にする場合には、最後の手段として、やむを得ず、解雇の通知を出します。後で受け取っていないなどと言われないように、配達証明付きの内容証明郵便で行うか、労働者に受領の署名押印をもらいます。
解雇通知書は、後で訴訟になったときに労働者から証拠として提出され得るものなので、記載内容は慎重に検討しなければなりません。具体的には、日付、宛名、会社が認定した事実、就業規則の適用条項、解雇する旨などを記載します。
6 最後に
解雇は、「訴訟になった後が勝負」ではなく、「訴訟になる前が勝負」です。
解雇を検討される場合、早い段階から弁護士にご相談されることを強くお勧めいたします。