退職時に生じやすいトラブル(退職勧奨)

(1)退職勧奨の有用性

 経営状況の悪化、労働者の就業能力が不十分であることが判明した、労働者に会社に対する背信行為があった、など会社が労働者を解雇したいと思う場面はいくつか挙げられますが、実際には、労働者を解雇することは容易ではありません。

 労働契約法第16条により解雇には合理性と相当性が求められており、裁判ではこの合理性・相当性の判断はかなり厳格になされています。具体的には、①解雇事由が雇用契約を継続し難いほどに重大なものか、②雇用契約において求められた能力と実際の能力の乖離が重大か、③労働者に能力向上・勤務態度改善の可能性はないのか、④解雇以外に方法はなかったのか、⑤解雇の動機・目的はどのようなものか、⑥解雇に当たって労働者と話し合うなど適正な手続きを踏んだか、などが考慮されます(なお、整理解雇の要件については、今回は省略いたします)。

 

 事案によりますが、上記の各点について、会社は多くの事実の主張とその主張を裏付ける証拠を提出しなければならず、結局、解雇が有効と判断されるケースはそれほど多くありません。

 そこで、できれば、会社としては、一方的に雇用契約を解除する解雇ではなく、労働者に自ら退職するように働きかけ、労働者の側から退職していただいた方が合理的ということになります。

 

 ただし、以下に見るように、退職勧奨にも限界があり、違法との判断が下された場合には、損害賠償義務を負うことになります。

 

(2)退職勧奨が違法と判断された場合の会社の責任

ア 慰謝料

 退職勧奨の方法・態様の悪質さなどにもよりますが、概ね100万円以下の事案が多く、少しやりすぎた程度の話であれば、3~30万円程度です。

 もっとも、極めて悪質なケース(労働者の名誉を毀損するような文書を社内に全体にばらまいて就業継続を困難にした場合、セクハラ的な行為を伴った場合など)では、200万円、400万円という慰謝料が認定されたケースもありますので、注意が必要です。

イ 逸失利益

 違法な退職勧奨がなければ就業を継続できたであろうということで、給与の6か月分を逸失利益として認定したケースがあります。

ウ 退職の意思表示が無効となった場合の損害

 会社が虚偽の告知あるいは事実の秘匿により労働者を騙して退職の意思表示をさせた場合、退職の意思表示が錯誤無効とされるケースもあります。

 この場合、会社は、慰謝料のほか、退職の意思表示が無効と判断されたまでの賃金を支払わなければなりません。

 

(3)判断基準と事例

ア 判断基準

 労働者の自由意思を侵害するような手段あるいは態様で行われたかどうか(社会通念上相当な方法といえるか)という抽象的な基準により判断されます。

 裁判所は、退職勧奨を行った場所、時間、言動などを認定して相当性の判断を行っていますが、特に、労働者が退職勧奨に応じない旨の意思を明確に表明していた後にも退職勧奨を継続していたかが重要なメルクマールとなります。

イ 事例

(ア)違法とされたケース(下関商業高校事件)
Ⅰ 事実関係
 (Ⅰ)概要
 Yは下関市(実際の行為は、市教委の職員6名くらいが行っていました。)、X1及びX2(以下、まとめて「Xら」と言います。)は下関商業高校の教員でした。
以下、X1とX2と微妙に退職勧奨された場所や時間、受けた言動が違いますので、代表して、X1に対する行為のみ抽出して記載します。
 (Ⅱ)退職勧奨の場所

 毎回、市役所(市教委)に呼び出していました。
 (Ⅲ)勧奨回数
 10回。
 (Ⅳ)期間
 昭和45年2月26日から同年5月27日まで(本件以前にも別に3年間ほど退職勧奨をしていました)。
 (Ⅴ)時間
 初めの日に1時間50分、その後は短くて20分、長い時には1時間30分ほど。
 (Ⅵ)言動

 「あなたが辞めたら2~3人は雇えますよ。」「新採用を阻んでいるのはあなたですよ。」「退職金で債券(ママ)を買えば利子で暮らせるでしょう。」「高齢者が多くて生徒もかわいそうなんじゃないですか。」「私たちは、どんな手段を講じてもやめてもらいますよ。」「夏休みは授業がないのだから、毎日来てもらって勧奨しましょう。」など。
 (Ⅶ)退職しない旨の意思表示時期
 昭和45年2月26日(初めの日)。


Ⅱ 裁判所の判断
 裁判所は、退職勧奨には応じない旨明確にした後にも、何回も呼び出して退職勧奨を行うことは許容される限度を超えて違法と判断しました。
結果として、Yに対し、X1に4万円、X2に5万円を支払うよう判決を下しました。

 


(イ)適法とされたケース(日本IBM事件)
Ⅰ 事実関係
 (Ⅰ)概要
 Yはあの著名な企業で、Xはその従業員です。
 実際の裁判では、Xは複数人いましたが、そのうちの一人を代表して紹介します。
 Yは、平成20年、業績が芳しくなかったため、任意退職者の募集を行いました。なお、Yは、退職者に対して、再就職先の支援プログラムや退職金の増額の制度(以下、併せて「本件制度」と言います。)を用意していました。
 (Ⅱ)退職勧奨の場所
 社内某所。
 (Ⅲ)勧奨回数
 3回。
 (Ⅳ)期間
 平成20年10月28日から同年11月13日ころ。
 (Ⅴ)時間
 全て10~15分ほど。
 (Ⅵ)言動
 本件制度の説明や会社の業績、今退職した場合と定年まで勤めて退職した場合の比較などの説明をした。
 (Ⅶ)退職しない旨の意思表示時期
 平成20年10月28日。但し、Xは60歳(定年)まで勤めたいというに止まり、本件制度について再度説明を受けることについて明確に拒否しませんでした。


Ⅱ 裁判所の判断
 裁判所は、社会通念上相当な範囲内の説得に当たるとして、Yの行為を適法としました。

 

(4)まとめ

 労働者が明確に退職勧奨に応じない旨を拒否していたか、その後にも退職勧奨を継続していたか、が重要なポイントになります。

 退職勧奨応じない旨が明確にされた後の退職勧奨行為はかなり厳しく評価されますので、差し控えた方が無難といえます。

 

 

 

 

              

 

 

 

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