同一労働・同一賃金の原則(定年退職前)

1 はじめに

 いわゆる同一労働同一賃金の原則(以下、「本原則」と言います。)が法制化され(パートタイム労働法第8条、労働者派遣法第30条の3及び同条の4)、本原則への対応は不可避となってきています。


 この原則に違反した賃金設定を行った場合、会社は「通常の労働者」の賃金との差額を遡って損害賠償させられることになります。

たとえば、通常の労働者であるAさんには月2万円のX手当を支給し、Aさんと同一の労働をするBさんにはX手当を支給しないという運用を2年間ほどしていたところ、かかる待遇差が違法とされた場合、2万円×24カ月=48万円を賠償しなければならなくなります。


このような事態を避けるためには、本原則に違反しないようにするほかないのですが、条文の文言をご確認いただけると分かるとおり、非常に抽象的かつ曖昧な規定で、具体的にどのような場合に違法と判断されるのか読み取れません。


そこで、ここでは、判例から具体的にどのようなケースで裁判所が違法の判断を下しているのかを解説します。
なお、本原則に反するかどうかの判断は、類型的に①定年退職後再雇用された者と通常の労働者との比較、②定年退職前の有期労働者等と通常の労働者との比較、に分けて行われているといえます。本頁では、類型②に絞って解説します(類型①については、こちらをご参照ください。)。

 

2 判例紹介

(1)ハマキョウレックス事件について

代表的なものとして、法律解説のきっかけとなった最高裁判例である「ハマキョウレックス事件」についてご紹介します。

同判例における事実関係は、概ね以下のとおりでした。

 

<事実関係 開始>

1 当事者
(1)原告X: 期間の定めのある従業員としてY社に雇用された乗務員。
(2)被告Y: 輸送業を営む株式会社。従業員総勢66人。


2 労働条件関係
(1)Xの職務等: 配車ドライバー
(2)賃   金: 時給1150円、通勤手当3000円
(3)正社員との賃金比較

 

正社員

契約社員

①基本給

月給制

時給制

②無事故手当

該当者には1万円

支給なし

③作業手当

該当者には1万円

支給なし

④給食手当

3500円

支給なし

⑤住宅手当

2万円

支給なし

⑥皆勤手当

該当者には1万円

支給なし

⑦家族手当

あり

支給なし

⑧通勤手当

通勤距離に応じて支給

3000円

⑨定期昇給

原則あり

原則なし

⑩賞与

原則あり

原則なし

⑪退職金 

原則支給あり

原則支給なし

 

<事実関係 終了>

 最高裁判所は、結論として、①無事故手当、②作業手当、③給食手当、④通勤手当、⑤皆勤手当、の不支給について不合理として違法の判断を下しました。


 理由の概要は、無事故手当(①)は安全運転を推奨するもので正社員と区別する理由がない、作業手当(②)は正社員と同じ作業をしているのだから正社員と区別する理由がない、給食手当(③)は有期労働者も食事をするのは同じだから正社員と区別する理由がない、通勤手当(④)は有期労働者も正社員と同様に通勤するのであるから正社員と区別する理由がない、皆勤手当(⑤)は皆勤の奨励という目的に照らせば正社員と区別する理由がない、というものでした。


 他方、住宅手当は、正社員と有期労働者で転勤の有無に違いがあることを理由に、有期労働者に支給しないことは不合理ではないとしています。
 最高裁は、定年後再雇用の有期労働者と正社員の区別の場合(こちらの記事参照)に比べて、全体として会社に厳しい判断を下したものと評価できます。

 

(2)後の判例

 上記最高裁判例の後、①大阪医科薬科大学事件、②メトロコマース事件、及び③日本郵便事件の3つの最高裁判例も出されました。
 概略すると、①は有期労働者が賞与について無期労働者と差異があるのは不合理だと主張し(私傷病欠勤中の賃金についても争われていますが、今回は話を分かりやすくするために解説は省略します。)、②は同様に退職金が、③は同様に年末年始勤務手当、祝日給、扶養手当に争われた事案です。


 結論としては、①と②では、原審では有期労働者が勝訴していたのに最高裁では有期労働者が逆転敗訴しています(有期労働者に賞与・退職金を支給しないとすることが不合理とはいえないという判断。)。逆に、③では有期労働者が逆転勝訴しています(有期労働者に上記各手当を支払わないのは不合理という判断。)。


 最高裁は、賃金体系が同一労働同一賃金の原則に反するかどうかは、①当該使用者における当該賃金の性質、②当該賃金の支給目的、③労働者の業務内容及び当該業務に伴う責任の程度、④職務の内容及び配置変更の範囲、⑤その他の事情の5つの事情を考慮して、その労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かにより判断するとしました。

 そして、賞与・退職金については、労務対価の後払いや功労報償的な性質があること(①)、いわゆる正社員(≒無期労働者)としての能力を有する者の定着を図る目的があること(②)、業務内容・責任が違うこと(③)、業務内容変更の有無・就業場所変更の有無に違いがあること(④)、正社員への登用制度があること(⑤)、などを指摘して有期労働者に支給しないことが不合理とはいえないとの判断をしています。

 この判例の判断構造を踏まえると、予想外に有期労働者に賞与や退職金を支払うことになりたくない会社は、賃金規程等で賞与・退職金の支給目的(正社員の定着)を明記し、雇用契約書、就業規則、職務分掌規程等で正社員には職務内容・就業場所の変更があるが、有期労働者にはそれがないことを明記し、正社員登用制度もしっかりと運用すべきということになります。

 勿論、基礎とする事実関係が違えば判断は異なりえますので、上記の措置を講じて置けばどのような場合でも大丈夫というわけではありませんが、対応の一応の目安にはなるでしょう。

 

 他方、「年末年始休暇手当」については、その性質を、多くの労働者が休日として過ごしている郵便業務の最繁忙期(年末年始)においてその業務に従事したことの対価としての性質を有すると認定し、この性質等に照らせば契約社員(有期労働者)に支給しないのは不合理としました。また、祝日給についても、最繁忙期である年始期間に勤務したことの代償として割増支給される趣旨のものであると認定し、これについても支給しないのは不合理としています。

 「扶養手当」については、労働者の生活保障や福利厚生を図り、扶養親族のある者の生活設計等を容易にさせることを通じて、長期継続雇用を確保する目的で支給されていることから、契約社員(有期労働者)についても扶養親族があり、かつ、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば扶養手当を支給することとした趣旨は妥当するとして、不支給は違法としています。

 特に、扶養手当については、特に明確な理由がないままに正社員にのみ支給している会社は少なくないのではないでしょうか。

 

3 対策

(1)まずは現状の確認を

 まずは、正社員(無期労働者)と有期労働者の職務内容及び変更範囲等を確認することが必要です。


 職務内容及び変更範囲等に違いがない場合、各賃金項目を確認します。各賃金項目がどのような趣旨で支給されているのかを確認し(実際には、裁判所からどのような趣旨で支給されているものと認定され得るかという法的評価も必要です。)、その趣旨に照らして正社員と有期労働者との間で差異を設ける合理的な理由があるかどうかを検討します。

 

(2)対応

ア 労働条件を変える
 本原則は、根本的に「同一労働」であることから問題となる原則なので、①職務の内容、②仕事の責任、③職務変更・勤務地変更の有無など、労働条件に明確な差を設ければ違法の評価を受ける可能性は低くなります。


 一般論として、仕事の内容を正社員の補助的な業務とし(①)、ノルマ及びノルマ不達成の場合の賃金減額などの設定を行わず(②)、職務変更・勤務地変更はしないとすれば(③)、よほど賃金を減額しない限り、本原則に反することにはならないといえます。

 これら労働条件の差は、雇用契約書、就業規則(賃金規程等を含む)などに明記されなければなりません。したがいまして、併せて、これらの改訂作業も行うことになります。

 


イ 減額幅・手当項目を変える
 どうしても正社員と有期労働者の労働条件を変えられない(人的余裕がない)場合には、上記判例に照らして差を設けることが違法と評価されそうな手当については削除又は変更します。


 なお、賃金規程を変更する場合、就業規則の不利益変更(労働契約法第10条)の問題が生じることがありますので、改訂作業の際には法律専門家の助言を得て行った方がよいでしょう。

 

 

              

 

 

 

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