労働者災害
1 はじめに
いくら注意していても一定数は発生するのが、いわゆる労災です。
被災者には労働者災害補償保険法に基づき一定の保険金が支払われますが、一定の場合には、会社が被災者に対して損害賠償義務を負うことになります。その額は、最悪、億を超えるような金額となることもあります。
経営者は、「労災が発生しても労災保険があるから大丈夫。」と安易に考えず、会社が賠償責任を負わないために十分な対策を施さなければなりません。
2 安全配慮義務
会社は労働者に対し、安全配慮義務を負うと考えられています。安全配慮義務とは、労働者の生命、身体等の安全を確保するのに必要な配慮をする義務のことです(労働契約法第5条)。
労災の発生=会社が損害賠償義務を負う、というわけではなく、会社に安全配慮義務違反があって初めて会社に損害賠償義務が生じます。
では、どのような場合に安全配慮義務違反が認められるのでしょうか。
安全配慮義務の内容は、個別具体的な事案に応じて定まります。たとえば、過労死の事案でいえば、「遅くとも令和〇年〇月〇日の時点で、〇〇(被災者氏名)を休職させて医師の診察を受けるよう指示し・・・すべきであった。」というように事案に応じて具体化されます。
このような義務は予見可能性と結果回避可能性から導かれます。難しいようですが、要は、被害の発生を予想することができ、かつその発生を回避できたという場合に限り、安全配慮義務違反が認められるということです。
上記の例でいえば、「〇〇(被災者氏名)は上長である〇〇に対し、令和〇年〇月〇日、前月の残業が月100時間を超えたこと、食欲不振、不眠、無気力などの症状が出ていることなどを伝えていたのであるから・・・〇〇(被災者氏名)が自死に至ることは予見できた。」「会社は、遅くとも令和〇年〇月〇日の時点で、〇〇(被災者氏名)を休職させて医師の診察を受けるよう指示するなどしていれば・・・〇〇(被災者氏名)の自死は回避できたといえる。」というような言い方になります。
安全配慮義務を導くにあたって重要な役割を果たしているのが労働安全衛生法です。同法は、労働者の生命身体の安全を守るために会社が講ずべき基本的な措置を定めた法律で、「高所作業の場合はこうしなさい」「プレス機を使用するときはこうしなさい」と場面ごとに細かい規定を置いています。
この法律に違反したからといって直ちに安全配慮義務違反と認定されるわけではありませんが、事実上、この法律を基に安全配慮義務の内容が組み立てられることがほとんどなのです。ですので、この法律に違反すると高い確率で安全配慮義務違反が認定されます。
3 賠償額
安全配慮義務違反により会社が損害賠償義務を負う場合、法的に計算した損害額から労災保険から給付された金額の一部を控除した金額が賠償すべき額となります。つまり、労災保険では補填されない法的損害が賠償の対象になるということです。
法的損害の計算方法を全て解説することはしませんが、一般論として、重度の後遺障害が残った場合には賠償額は1億円を超えるような多額となることも少なくありません。
4 対策
抽象的には、安全配慮義務違反にならないように、業務のリスクアセスメントを行い、リスクが顕在化しないように安全対策を講じるということになります。前述した高所作業、プレス作業など労働安全衛生法の規定がある業務については、同法や業界団体が発行しているガイドライン等を参考に安全策を講じます。
また、労働者が明らかな危険行為に及んだ場合であっても、安全教育をしっかりとやっていなかった場合や、会社がそれを黙認していたという事実があった場合には、過失相殺がなされるにとどまり、会社は責任を免れることはできません。したがって、定期的な安全教育や会社の定めた安全作業方法の違反行為があった場合の厳重注意・懲戒処分なども怠らないようにすることが必要です。