割増賃金(残業代)
1 はじめに
企業にとって切っても切り離せない課題が残業代です。
一般には残業代と言われていますが、法律的には「割増賃金」と言います。そこで、以下でも割増賃金という言葉を使います。
皆さんはどのような場合に割増賃金が発生するか理解されているでしょうか。割増賃金を基本的な知識がないために、本来、払わなくてもよいで割増賃金を支払ったり、逆に本来支払わなければならない割増賃金を支払っていなかったりといったことが散見されます。
ここでは、割増賃金の基礎知識について解説します。
2 割増賃金の基礎知識
(1)発生原因
割増賃金の種類は、法定時間外労働割増賃金、法定休日割増賃金、及び深夜割増賃金の3種類です。
深夜割増賃金が最も簡単で、22時から5時までの間に労働させた場合に発生します。これに対し、法定時間外労働割増賃金と法定休日割増賃金については誤解されている方も多い印象です。
この2つを間違えないために、まず押さえていただきたい概念が、「法定」と「所定」です。
原則として、法定労働時間1日8時間、週40時間で、法定休日は週1日です。これを超えて働かせると割増賃金の支払義務が発生します。
法律によって決まっています。
これに対し、所定とは「契約で定めた」という意味と理解してもらえばよいです。契約によって定まりますので、人によって異なります。
たとえば、Y社とXさんが雇用契約を締結したとします。雇用契約書に「勤務は9時から14時までの5時間とし、休日は土日祝日とする。」と定められていた場合、所定労働時間は5時間で、所定休日は土日祝日になります。
割増賃金は、雇用契約書・就業規則等において「所定時間外労働(所定休日労働)をした場合に割増賃金を支払う。」と定めない限り、支払う義務はありません。つまり、Xさんが9時に出社し15時まで働いたとしても、1時間分の割増賃金は発生しないのです(勿論、1時間分の通常の賃金は発生します。)。これを「法内残業」などと言うこともあります。
休日も同じで、Xさんが土曜日も出勤したとしても、日曜日に休んでいれば割増賃金は発生しないのです。
人事担当者の中には、「所定外労働があった場合には次の式により算出される割増賃金を支払う。」と記載された賃金規程を見た弁護士から「優しいですね。所定外でも法定内なら支払義務は発生しないのに。」と言われて、「え、そうなんですか。」と驚く方も一定数いらっしゃいます。
「法」と「所」のたった1文字ですが、記載の違いで会社が支払うべき賃金は大きく変わってきます。
(2)計算方法
割増賃金の計算というと賃金に「1.25」などの一定倍率を乗じればよいというイメージだと思いますが、実際にはかなり複雑です。
まず、「基礎賃金」という概念を理解しなければなりません。基礎賃金とは、割増賃金計算に算入される賃金のことです。結論として、除外賃金以外の賃金は全て基礎賃金となります。除外賃金は労働基準法第37条第5項、同施行規則第21条に定めがあり、家族手当、通勤手当、住宅手当などが挙げられています(なお、これらに該当するかどうかは実質的判断によりますので、家族手当と名付けていても配偶者や子の有無に関係なく支給していればここでの家族手当とは認められません。)。
基礎賃金が確定すると、次は時間単位の賃金に換算することになります。同法施行規則第19条に定めがありますが、ここではよく目にする「月によって定められた賃金」と「出来高払制その他の請負制によって計算された賃金」について絞って解説します(なお、出来高払制賃金は一般に「歩合給」と言われているものと理解していただいて結構です。)。
月によって定められた賃金 = 月の基礎賃金/月平均所定労働時間
※月平均所定労働時間 = (365日(366日)-年間所定休日日数)×日所定労働時間÷12
出来高払制賃金 = 月の出来高払制賃金/月総労働時間
この式で算出された賃金に「0.25」などの法定の割合を乗じることで、時間当たりの割増賃金が算出されます。
3 固定給より歩合給の方が割増賃金は安くなる
実は、固定給よりも歩合給の方が割増賃金は安くなります。固定給の場合、法定時間外割増を計算する際には、上記2の示した時間当たりの賃金に「1.25」を乗じますが、歩合給の場合は「1.25」ではなく「0.25」を乗じます。
なぜ、このようなことになるのでしょうか。
上記固定給の1.25というのは、分析的に見ると1と0.25に分解されます。よく1.25すべてを指して残業代と言いますが、厳密には1の部分は通常の賃金で、0.25が割増賃金なのです(同法第37条の文言をよく見ていただければ分かります。)。固定給の場合、1日8時間を1時間超えて労働させたのだから、1時間分の賃金とそれに対する割増賃金として当該賃金×0.25の割増賃金を払いなさい、となります。
これに対し、歩合給の場合、ここでいう1の部分は既に支払われている歩合給に含まれていると考えますので、「1.25」ではなく、割増分の「0.25」だけを乗じるのです。
では、実際に計算してみましょう。
Aさんは月固定給50万円、月平均所定労働時間は164時間とします。これに対し、Bさんは、月固定給30万円、月平均所定労働時間はAさんと同じで、歩合給が20万円、月総労働時間が204時間だったとします。
法定時間外労働時間が2人とも40時間だった場合、それぞれの賃金及び割増賃金は以下のとおりになります。
<Aさん>
500000 / 164 × 1.25 × 40 = 152439
<Bさん>
300000 / 164 × 1.25 × 40 = 91463
200000 / 204 × 0.25 × 40 ≒ 9804
91463 + 9804 = 101267
このように、1.5倍もの差が生じることもあります。