退職者の競業行為への対応~営業秘密・企業秘密について~

1 はじめに

労働者は労働契約法第3条第4項により信義則上の義務として,①競業避止義務(使用者と競合する企業に就職したり自ら開業したりしない義務),②秘密保持義務(企業の秘密を守る義務)を負うとされています。

これらの義務は労働契約が存在することを前提として課される義務ですので,労働者が退職した場合には原則として義務を負うことはありません。もっとも,企業側としては,退職した労働者に自社のノウハウを利用されたり,自社の従業員を引き抜かれたりしては事業の活動に大きな支障をもたらすおそれがあるため,このような行為を退職した労働者にされないようにするための方策を検討する必要があります。

 

2 競業避止義務に関して

競業避止義務については,「退職時に生じやすいトラブル(競業避止義務違反)」で詳しい解説をしております。こちらをご参照ください。

 

3 秘密保持義務に関して

なお,秘密保持義務については,不正競争防止法が「営業秘密」(同法2条6項)を保護する規定を定めています。

同法は,不正の競業その他不正の利益を得る目的またはその保有者に損害を与える目的で,企業秘密を使用しまたは開示する行為を「不正競争」とし(2条1項7号),これに対する差止請求(3条),損害賠償請求(4条),信用回復措置請求(14条)などの法的救済措置を定めています。

また,信義則上の義務としての秘密保持義務については,原則労働契約が継続している間に限られますが,不正競争防止法上の秘密保持義務については,労働契約の存続中だけでなく退職した後にも及びますので,使用者側の保護は一応図られているといえます。

 

しかしながら,不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するためには,①秘密管理性,②有用性,③非公知性の3つの要件を満たす必要があり,特に①の秘密管理性の要件該当性判断の基準は厳しく,この要件を充たしているケースはほとんどありません。

秘密管理性が認められるためには,その情報にアクセスできる者が制限されていることと,その情報が秘密であることが認識できるようにされていることが必要ですが,前者を充たしていないことが多いのが現状です。

 

もちろん,情報の性質,保有形態,企業の規模等といった諸般の事情を総合考慮して秘密管理性は判断されますので,一概にこのような管理をしていれば問題ないということはできませんが,秘密管理性を肯定した判例と否定した判例をそれぞれ紹介致しますので,ご参照ください。

 

秘密管理性を肯定した判例(東京地判平成26年4月17日)

【事案の概要】

かつて原告会社の従業員であったA,Bが退職し,原告と同業の会社を立ち上げ,原告会社の営業秘密である登録モデルの個人情報を使用したという事案。

【裁判所の判断】

「登録モデル情報は,外部のアクセスから保護された原告の社内共有サーバー内のデータベースとして管理され,その入力は,原則として,システム管理を担当する従業員1名に限定し,これへのアクセスは,マネージャー業務を担当する従業員9名に限定して,その際にはオートログアウト機能のあるログイン操作を必要とし,また,これを印刷した場合でも,利用が終わり次第シュレッダーにより裁断している。そして,原告は,就業規則で秘密保持義務を規定しているのであって,モデルやタレントのマネジメント及び管理等という原告の業務内容に照らせば,登録モデル情報について,上記のような取扱いをすることにより,原告の従業員に登録モデル情報が秘密であると容易に認識することができるようにしていたということができる。」

→登録モデルは原告の秘密として管理されていたと認められる。

秘密管理性を否定した判例(東京地判平成23年9月29日)

【事案の概要】

健康器具販売等を業とする原告会社を退職したAが新たに被告会社を設立し,営業秘密が記載された原告の顧客名簿を不正に取得し,顧客名簿を使用して原告の顧客等に対する販売活動等を行ったという事案。

【裁判所の判断】

「原告は,中小企業であって,情報を管理しやすい環境にあった上,就業規則や秘密管理規定で秘密の管理に関する規定を定めたり全社員に秘密保持誓約書を提出させたりして,情報を管理しようとしていたことはうかがわれるものの,実際には,顧客情報の閲覧や印刷に原告代表者の事前の承認や許可を得るという秘密管理規定で定められた手続が遵守されていなかった上,パスワードの設定等による物理的な障害も設けられていなかったため,権限のない原告従業員でも自由に閲覧したり印刷したりすることができたものである。」

→以上を総合すれば,顧客名簿上の顧客情報は,不正競争防止法上の営業秘密には当たらない。

 

4 結び

秘密管理性を肯定した判例を見ていただくと分かるように,この要件を満たすためには厳重な管理態様が求められているといえます。

過去にも退職者が企業の情報を持ち去ったということでご相談を受けたことはありますが,この要件を充たしているものはほぼありませんでした。「営業秘密」に当たるとして労働者へ責任追及することは非常に難しいというのが現状です。     

 

 

              

 

 

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