第68回メルマガ記事「主張と証拠について」2021.9.23

 

 

 

 弁護士の内田です。

 

 つい先日、所内で「今年の年末は何日まで開店して、来年のいつまで休みましょうか。」という会議をしました。もう、年の終わりが近づいてきています。

 

 歳を重ねるごとに1年を早く感じるようになっているところですが、1年という間に社会も人も大きく変化しています。

 私がこの1年で大きな変化を感じているのは、「1年目の弁護士の成長」です。電話の受け答えや法律相談といった基礎的なところがほとんど出来ていないところから、半年も過ぎると、それなりに必要な事実を聴き取り、解決案を提示し、費用を説明し、事件を処理することが出来るようになっているわけですから、かなりの急成長といえるのではないかと思います。

 

 私自身、常に急角度の成長曲線を描きたいと日々精進しているところですが、1年目・2年目の先生方と比べるとその角度は緩やかです。

 毎年、1年目と同じ速度で成長していければよいのですが、弁護士業界に限らず、年数を重ねるごとに成長曲線の角度は水平に近づいていくのではないかと思います。

 人は本来変化を好まないように作られていますから、人が急成長し続けるためには、そのための「仕組み」が組織に備わっていなければなりません。

 

 弁護士になる人は元々放っておいても勝手に成長していく(そして、勝手に独立して辞めていく)人が多いですから、あまり「成長の仕組み作り」について考えたことがありませんでしたが、来年はこのあたりのことをもう少し考えてみようかなと思います。

 「人はなぜ成長するのか」若しくは「成長しなくなるのか」を突き詰めて考えてみるのも面白いかもしれません。

  

 さて、今日の本題は「主張」と「証拠」です。

 

 法律の世界では、「主張」と「証拠」を厳密に分けて考えます。

 訴状や準備書面といった書面には「こういう事実があった。だからこの法律が適用される。だから私の請求を認めてくれ。」というような主張を書くので、「主張書面」と呼ばれています。

 他方、契約書などの特定の事実の存在を裏付ける証拠書面を「書証」と呼んでいます。

 

 裁判というと「証拠が大切!」とのイメージが強いかと思いますし、そのとおりなのですが、実は、そもそも主張が不適切だといくら証拠があっても裁判には勝てません。

 

 まず、要件事実論といって、Aという請求する場合には、a事実、b事実、c事実を主張しなければならないということが決まっています。これを間違って、Aという請求をしているのにa事実、c事実、d事実といった具合に主張してしまうと、「主張自体失当」と言って敗訴になってしまいます(実際には、裁判所から「b事実の主張が漏れていますよ。」と指摘されて補正することになり、いきなり敗訴判決をもらってしまうということにはなりません。ただ、法律家としては恥ずかしい想いをします。)。

 そのため、まず法律的に要求される最低限の事実をきちんと主張しなければなりません。

 

 「法律で決まっているのなら難しいことはないのでは?」と思われるかもしれませんが、そう簡単ではありません。

 たとえば、よくある・・・と言うと語弊があるかもしれませんが、浮気(不貞)された妻が浮気相手の女性を訴えるという場面について考えてみます。この場合の慰謝料の請求根拠は民法第709条です。以下、条文です。

 

(不法行為による損害賠償)

第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 

 これに当てはめて、「慰謝料を払え」という主張を組み立てることになるのですが、一般の方からすると、まず「浮気によって侵害された「権利」「法律上保護される利益」って何だろう?」ってなります。

 これは、判例があって、答えは「婚姻共同生活の平和の維持」です。知っていれば何ということはないのですが、知らないと出てきません。

 では、主張書面に「私の婚姻共同生活の平和が侵害されました。」とだけ書いておけばよいのかというと、これまたそうではありません。具体的に、不貞前と後で婚姻生活がどのように変化したのかなどの事実を主張しなければならないのです。

 

 この「具体的に」というのは法律の世界では極めて重要で、肝心の浮気にしても「私の夫と被告は浮気していました。」と主張するだけでは足りず、具体的に「夫と被告は、令和3年○月○日午後○○時頃、ラボホテル○○で会い、性交に及んだ。」というように事実を特定して主張しなければなりません(なお、○日から○日にかけて~というように、ある程度曖昧な記載も許されています。)。

 事実が特定されなければ、被告は防御の対象が分からないし、裁判所のどういった事実を基に「不貞といえるのか」、「慰謝料の金額としてはいくらが妥当か」と判断してよいか分からないからです。

 

 以上のように、法律上要求される最低限の事実を詳細に主張することが出来たら、次は証拠です。証拠は、どの主張を裏付けるものかはっきりさせた上で提出しなければなりません。実務上は、主張のあとに「(甲○)」というように引用しています。

 たとえば、上の浮気の例だと、甲第1号証がラブホテルの現場を押さえた探偵の報告書だとすると、「夫と被告は、令和3年○月○日午後○○時頃、ラボホテル○○で会い、性交に及んだ(甲1)。」というような記載になります。

 

 この「主張すべき事実を精査し、証拠をきちんと対応付けさせる」という作業ですが、何も裁判だけで必要な作業ではなく、ビジネスにおけるあらゆる場面で必要になるといえます。

 たとえば、見込客であるX社の決裁者はAシステムを導入することで、「経理業務に要する時間がどの程度削減されるのか」に関心があるとします。にもかかわらず、Aシステムの営業マンがX社のニーズ調査を怠り「クラウドを使っているけどセキュリティリスクは極めて低い」という点をプレゼンの重点に設定しますと、上の例でいうところの「主張自体失当」となってしまいます。いくらセキュリティリスクが低いことを実証実験結果等の証拠によって裏付けでも、「成約」とはならないでしょう。

 他方、プレゼンの重点(主張)を適確に「Aシステムの導入により経理業務に要する時間が30%削減される。」という点に設定できたとしても、他社での導入後実績などの適格な証拠がなければ、やはり信用してもらえず「成約」にはならないでしょう。

 

 顧客開拓のプレゼンの場面といった外向きの場面だけでなく、部下の上司に対する報告、上司の部下に対する指示といった内向きの場面においても、同様のことがいえます。

 

 法律家もビジネスマンも、常に「主張すべきことをきちんと主張できているか。」と「主張したことを裏付ける証拠は用意できているか。」を意識しなければなりません。

 

 いかがだったでしょうか。

 

 何件も裁判をやっていると、「そんな事実を主張してもあまり意味ないのでは?」と首を傾げるような主張がなされている主張書面に出会うことがあります。

 大体の場合、相手の弁護士のレベルが低いというわけではなく、相手の依頼者本人の強い想いがあって、相手の弁護士が法律的には意味がないことを分かった上で記載しています。

 AIの発達により弁護士も仕事が無くなるのでは?と言われたりしていますが、こういった感情的配慮はAIに真似できないもので、私自身、弁護士の仕事がAIに取って代わられるのはまだだいぶ先のことかなと思っています(但し、契約書チェックといった仕事は近いうちにAIに取って代わられるでしょう。)。

 

 雑な言い方にはなりますが、これからは「コミュ力」の時代になっていくのかな、と予想しています。

 皆さんの業界は、AIによって変化してきているでしょうか。

 

 

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