第73回メルマガ記事「法律実務における経験則の取扱い」

弁護士の内田です。

 

 今年に入ったと思ったらもう2月も終わろうとしています。年始のおみくじで「体力よりも気力の充実を」と書いてあったので、「何か気力の充実になることを」と思っていたのですが、さして気力を充実させることなく早2カ月が経過してしまいました。

 

 ところで、気力ってどうしたら充実するのでしょうか。座禅とかでしょうか。

 

 そもそも「気力」って何?ということでインターネット検索したところ、「気力」とは、物事をなしとげようとする精神の力を意味するとのことでした。

 これを前提とすると、普段、何をするかというよりも、目標の設定の方が気力の充実に大切だといえそうです。

 司法試験受験時代は、合格という明確な目標があり、あらゆる意味で合格しないと不味い状況でもあったので、今にして思えば最も気力が充実していた時なのかもしれません。

 

 「今、気力が充実している。」とどうやったら認識できるのか分かりませんでしたが、司法試験受験時代のあのハングリーな精神状態が「気力が充実している状態」だったのだとすれば、正直、ちょっと気力の充実はしなくてもいいかなと思ってしまいます。

 

 

 さて、話は全く変わって今回のテーマは「法律実務における経験則の取扱い」についてです。

 

 経験則とは、簡単に言ってしまえば、ある事実が起きたら次にある事実が起きる可能性が高いといった人が経験の集積から持つに至った物事に関する法則のことです。空に黒い雲が出る⇒近いうちに雨が降る可能性が高い、都心のタワーマンションに住んでいる⇒高収入のはずだ、といったものが例として挙げられますが、挙げればキリがありません。

 浮気の証拠としてよく探偵の報告書が出てきますが、報告書の写真は大抵ラブホテルに男女が入るときの写真と出るときの写真だけです。当たり前ですが、男女が宿泊中の部屋の中の写真など出てきません。

 ラブホテルに入った写真と出た写真だけ見れば、「ラブホテルには一緒に入ったけど性的行為はしていない」という可能性を完全には否定できませんが、訴訟上は、「男女がラブホテルで一緒に宿泊していれば性的行為を行っているのが通常である。」という経験則が働いて、性的行為があったと推認されています。

 

 このように、経験則は事実認定において大きな役割を担っています。

 

 ところで、この経験則ですが、訴訟上は、誰でも知っているような「一般的な経験則」は主張立証する必要はありませんが、一部の世代や業界などでのみ知られている「特殊な経験則」は主張立証を要します。

 この「一般的」か「特殊」かの区別は意外と曖昧なものです。

 

 男女関係の事件だと、たまに判決で「裁判官の個人的な恋愛(夫婦)経験から導かれた経験則では?」というような経験則が示されたりするのですが、それが理由で負けると「それは特殊な経験則だからちゃんと主張立証させろ!」と言いたくなります。

 裁判所が言う「一般的」「社会通念」「客観的」などの言葉は、結局のところ、「裁判官から見て」とほとんど同義です。

 

 「特殊な経験則」の代表格はいわゆる「業界の常識」です。弁護士業界でいえば、「裁判官の転勤が近い月には和解が成立しやすい」(転勤前に事件を解決しようと裁判官が積極的に和解勧試するため)などです。

 

 企業法務では「業界の常識」を前提にして損害を計算することもあるのですが、「業界の常識」を立証できずに請求の全部又は一部が認められないことも少なくありません。たとえば、「この業界では、不当な顧客奪取行為がなければ最低でも〇〇年は取引が続く。」といった特殊な経験則を前提として、逸失利益=1年間の利益△万円 × 〇〇年、といった構成で賠償の請求をするのですが、前提となる右の経験則が立証できないために、裁判官が控え目の認定をするといった具合です(〇〇年を10年として主張していた場合に2年と認定されるなど。)。

 

 では、このような業界の常識(≒特殊な経験則)をどのように立証するかと言いますと、たくさんの業界関係者を呼んで証言させる・・・のではなく、大体の場合、業界における教科書的な著書(一部業者しか見ていないような特殊な書籍は駄目です。)、業界紙、業界団体の発行誌、統計資料などをもって立証していきます。

 そのため、企業系訴訟の打ち合わせでは、「先ほどおっしゃられた『〇〇なら普通××する』という経験則ですが、それが記載された書籍や雑誌などはありませんか?」とお尋ねすることが多くなります。

 他の方法としては、実際に主張している経験則のどおりに取引等がなされていることを示す過去の発注書や受注書などの証拠をもって立証しようとすることもあります。

 

 いくら立証活動を尽くしても「特殊な経験則」を裁判官が100%認めてくれるとは限らないので、実務上は「特殊な経験則」に頼らなくてもよい法律構成を採用できるように備えておくことが大切です。

 損害関係の立証でいえば、契約書等で契約違反があった場合の損害賠償額を予め定めておけば、「通常、〇年は取引が続く。」といった特殊な経験則を立証する必要はなくなります(とはいえ、損害賠償として定めた額が高額に過ぎると全部又は一部が無効とされる場合もあります。)。

 

 いかがだったでしょうか。

 

 実際には、裁判官も「そんな経験則はない!」と後で批判されないためか、判決書に「こういう経験則があるから・・・」と経験則を明示して書くことはあまりありません。大体、「〇〇があったことに原被告に争いはなく、かかる事実に加えて甲第1号証、甲第2号証を踏まえると・・・〇〇という事実は推認でき、この認定を覆すに足りる他の証拠はない。」みたいな曖昧な書き方がなされます。

 

 様々な業界の経験則に触れることができるのは、弁護士の仕事をしていて良かったなと思うことの1つです。

 

以上

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