第76回メルマガ記事「相殺の活用」

弁護士の内田です。 

 

 先日、3歳の子と山登りに行きました。

 山登り中には大したトラブルはなかったのですが、その翌日、体全身がかぶれてしまいました。もっと小さかった頃、蚊に刺された際も大きく腫れあがっていたので、何となく虫が持つ毒的なものに対する免疫がまだあまりないのかなと思います。

 

 我々は、「免疫」という言葉を、医学的な意味以外でも、身体的・精神的に辛い出来事に対する耐性という意味で使うことがあります。たとえば、言動が厳しいBさんがいたとして、AさんがBさんに怒鳴られて傷心しているとします。その様子を見たCが「Aさんは、Bさんに免疫がないよね。」というような表現をします。

 子の子育てでも性的・暴力的・偏向的・その他ショックな内容を含むTV番組(今的にはYouTubuなど)などから子どもを極端に遠ざけてしまうと、そういったコンテンツに対する免疫が作られず、かえってそういったコンテンツに触れた際の悪影響が大きくなるなどという議論があります。

 

 個人的には、この免疫という考え方は非常に面白いと思っていて、たしかに、子にしても新社会人にしても完全に情報をコントロールできるような部屋に閉じ込めておくことはできないのですから、ある程度計画的・戦略的に免疫を作っていく必要があると思います。予防接種みたいな発想ですね。

 突き詰めれば、年齢・性別・職業といった人の属性によって有すべき免疫は異なるので、「類型別:強靭に生きぬくために必要な免疫一覧」みたいに学問的にまとめられるのかもしれません。

 

 最後の方はほぼ妄想みたいなものですが、自分自身、「嫌だなぁ」と思うことがあっても「まぁ免疫を付けるためにやってみよう。」と思うことが少なからずあります。

 あらゆる免疫を備えた強靭な人間になりたいものです。

 

 

 さて、今回のテーマは「相殺の活用」です。

 相殺自体は本メルマガでも何度か登場しましたが、本稿ではいつもよりも深堀して解説していきます。

 結論からいうと、相殺は、債権回収にとって極めて重要な制度です。

 相殺とは、簡単に言ってしまえば自分が相手に対して持っているお金を請求する権利と相手が自分に対して持っているお金を請求する権利をぶつけてお互いになかったことにすることです。

 たとえば、ABに100円を貸していて、他方、BAに100円を貸している場合、お互いに帳消しにしようというのが相殺です。ここで、BAに70円しか貸していなければ、70円分だけ帳消しにして、BAにあと30円だけ返還することになります。

 難しく言うと、ぶつける側の権利を「自働債権」といい、ぶつけられる側の権利を「受働債権」といいます。上の例でBから「帳消しね。」というのであれば、BAに対して持っている権利が「自働債権」、ABに対して持っている権利が「受働債権」になります。

 

 これだけを見るとただの便利な制度のようですが、実は担保として機能するのです。

 

 具体例で説明した方が分かりやすいので銀行の例で説明します。

 銀行からお金を借りる際、「融資の代わりに、定期預金を入れてもらえませんか。」と言われることがあります。銀行にお金を預けた場合、預けた人は銀行に対して、「預けているお金を返して」という権利を取得します。一方で、当然ですが、銀行が人にお金を貸せば、銀行はその人に対して「貸したお金を返して」という権利を取得します。

 銀行は、いざお金を返してくれないとなると、「貸したお金を返して」という権利を自働債権、預金している人の「預けているお金を返して」という権利を受働債権として相殺します。これにより「預けているお金を返して」という権利が消滅する結果、銀行は預金を返さなくてもよいということになります(つまり、預金はそのまま銀行のものになります。)

 

 企業同士が継続的取引を開始する前に買主側から一定の「保証金」を受け取ることがありますが、これも、いざ買主が代金を支払わない場合に、売主が買主に対して相殺を行うことを目的としています。買主が代金を支払わないと、売主は買主に対する代金請求権を自働債権、買主の売主に対する保証金返還請求権を受働債権として相殺をするわけです。

 

 このように、相殺が可能な状態を作るということは、担保を取るのと同じ効果があるのです。

 

 相殺にはこのような担保としての機能があるのですが、これに加えて「訴えを提起する負担を転換する」という重大な機能もあります。

 

 たとえば、ABに対して商品Xを1万円で売却しましたが、Bは商品Xが合意していた基準に達していないとして代金の支払いを拒絶しているとします。この場合、仮にBの「基準に達していなかった」という主張が認められないものであったとしても、ABから代金1万円を回収するために訴えを提起しなければなりません。Aが訴えを提起する負担を負うというわけです。

 しかし、ABから商品Yを代金1万円で買っていて、まだ代金を支払っていなかったという場合、ABに対して相殺の通知をすることで実質的に代金1万円を回収することができます。つまり、Aは「ABに対する代金債権1万円」を自働債権、「BAに対する代金債権1万円」を受働債権として相殺するわけです。こうすることで、ABに代金を支払わずして商品Yを手元にすることができるのです。

 このような相殺がなされると、逆にBの方が「その相殺はおかしいから無効である。商品Yの代金を支払え。」と主張して訴えを提起しなければならなくなります。Bの方が訴えを提起する負担を負うことになるのです。

 

 訴訟を提起するのは、一般的に相当の時間的・金銭的コストになります。かかるコストを考慮して訴訟提起をあきらめることもあります(たとえば、数万円の請求であれば弁護士費用の方が上回ってしまいます。)。

 また、事案にはよりますが、通常、訴えを提起する側に多くの主張立証責任が課されます。平たくいえば、「訴えを提起する方が不利(になることが多い)」なのです。

 

 以上のとおり、相殺した側は法律的に相当有利になることが多いので、理由は何であれ取引先からは金銭を預かっていた方がよいといえます。また、代金の不払いがあった場合には第一に相殺を検討すべきといえます。

 売主A社が商品を買主B社に売ったのにB社が代金を支払ってくれないという場合、A社東京本社でしたB社との取引は他にないけど、A社福岡支店でB社と取引があってまだB社に代金を支払っていなかったというようなことがありえます。その場合、相殺を使うことによってA社は後者の代金の支払義務を免れます。

 規模の大きい会社ほど相殺の機会は多いといえるでしょう。

 

 

 いかがだったでしょうか。

 

 私は学生のとき、恩師の弁護士から「立証責任を負担すると負けるから、立証責任を負わないように立ち振る舞いなさい。」と教えられました。実際に弁護士になってこのことを痛感しています。

 裁判官の視点に立っても、「十分立証されているとはいえない」として請求を棄却する判決を書く方が、法的要件(要件事実)に該当する事実が証拠によって全て立証されていると書くよりも簡単です。

 心理学的に見ても、請求を認めない判決というのは要するに「現状維持」なので書きやすいものです。

 

 企業法務に限らず、私生活上も「訴え提起の負担」を負わないように注意したいものです。

 

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