第92回「年俸制について」

弁護士の内田です。

 

 良い季節になってきましたね。温度も湿度も快適です。

 

 先日、子どもと片道2h程度の山に登ってきました。山の上は既に寒かったです。最近は高い山に登ることもあまり無くなってきましたが、また登り出したいと思います。

 

 頂上の到達したときの達成感、頂上で飲むコーヒーの美味しさ、下山後の温泉と食事、山登りには多くの魅力があります。

 よく人生は山登りに例えられることがありますが、正にそうだなと思います。

 空腹は最高の調味料という格言がありますが、それと同様に山登りのように心身を酷使することもまた最高の調味料になります。

 

 週末に美味いご飯を食べるために、平日は必死に仕事をしているという面もあります。週単位でなくとも、1日仕事に全力で取り組み、夕食を思いっきり楽しむというのも良いでしょう。

 いずれにしてもメリハリは人生においてとても大切なものです。もしないならあえて作らなければならないほどに。

 

 

 さて、本日のテーマは「年俸制」です。厚生労働省が公表している統計資料によると10%弱の企業でしか採用されていません。大企業で採用されていることが多いというイメージですね。

 年俸制は、成果に応じて人件費を年単位で固定できる制度であり、経営側からすれば一見使い勝手の良い制度ですが、正しく理解しておかないと大きなリスクを負ってしまうことになります。

 

 年俸制は会社によって仕組みが異なるので「年俸制とはこうだ」というのは一概には言えませんが、大枠で言えば、年(ないしは年度)初めに年間に支払う賃金を人事評価で決め、その賃金を月割して毎月支払う制度といえます。

 「結局月単位で支払うのなら月給制と何が違うの?」と思われるかもしれません。特に、歩合制(出来高給)を採用すると年俸制とはかなり似通ってきます。

 

 経営面から見た時、歩合給制度だとその年その人にいくら支払うことになるのかという予算の見通しがつきにくいのですが、年俸制だと見通しがつきやすいです。

 ただ、ここで勘違いをしてはならないのは、年俸制であっても残業代(割増賃金)は発生するということです。年俸制で残業代が発生しないためには、管理監督者・裁量労働者などのように法律上残業代(深夜割増を除く)が発生しない労働者に別途該当する必要があります。年俸制になる労働者は管理監督者や裁量労働者といった高位のポジションで雇われることが多いので「年俸制=残業代支払義務なし」と誤解されていることが少なくありません。

 

 そして、もう1つ、年俸制で最も気をつけなければならないのは、①年俸算定基準の明示と②年俸決定手続の合理性・透明性・公正性・客観性です。いずれもこれを欠くと賃金変更が無効となり、結果、成果は上げていないにもかかわらず年俸は据え置かなければならないといった事態を生じます。

 

 まず、①(年俸算定基準の明示)ですが、雇用契約も契約の1種である以上、一度決めた賃金を毎年変更するためには、「そうできる根拠」が雇用契約書又は就業規則に書かれていなければなりません(理論上は口頭でも契約は成立しますが、事実上、書面にしておかないと年俸制の立証は困難です。)。「年俸制による」だけでは不十分で、後の②にも関わってくるのですが、どういう場合にどの程度賃金が下がるのか(また上げるのか)が明確に書かれていなければなりません。

 

 肝心なのは②(年俸決定手続の合理性・透明性・公正性・客観性)です。

 就業規則にいくら「〇〇、××、△△を考慮して」というように考慮要素を列記していても、「こういうレベルに達している場合に10点」というように点数制度のようなものを規定していても、裁判で争われれば、その人事評価の手続が「裁判官から見て」合理的であり、透明性があり、公正で、客観性があるものと認められなければ年俸決定権限の濫用などという理由で年俸決定が無効とされます。

 

 個人的には、民間勤めの経験がない裁判官の合理性・透明性・公正性・客観性の判断こそ本当にそれがあるのか疑問ですが、それは置くとして、考慮要素が多ければ多いほど、評価方法が定性的であればあるほど、年俸決定が無効にされるリスクは高まります。

 

 たとえば、年俸2000万円で雇った労働者が期待していた成果を全く上げなかったにもかかわらず(また将来的に上げられそうにもないにもかかわらず)、変わらず毎年同じ年俸を支払わなければならないとすれば、特に中小企業などでは経営危機にすらなりかねません。当然ですが、福利厚生制度の廃止や他の従業員の昇給抑制・賞与減額などにも繋がっていきます。

 

 こういった事態を回避する単純な方法は、年俸の計算ルールを単純にすることです。「年間売上×〇%」というのが最も単純でしょう。人の恣意が入る余地はほとんどありません(会社が必要な設備を使わせなかったとか劣悪な見込客のみを担当させられたとしてそれでも争われることはありますが・・・)。勿論、「固定給360万円+(年間売上×〇%)」などでも良いでしょう。

 売上だけに注力するのではなく部下の教育にも注力して欲しいというような経営側のニーズがある場合は、上記の式に「会社が毎年〇月に指定した部下の売上合計×〇%」などと追加しても良いですし、売上以外の要素については会社に広い裁量が認められている賞与において考慮するとしても良いでしょう。

 

 

 いかがだったでしょうか。

 

 会社の経営をしたことがない裁判官が経営者の立場に立って解雇に合理性・相当性があるか、今回のような年俸決定に合理性等があるかなどを判断しているので、経営者からすると首を傾げたくなるような判決が多いのが労働法分野です。

 

 裁判所も「経営判断の原則」と言いまして、ある投資対象AとBがあったとして経営者がAに投資して失敗したという場合、経営者の裁量を尊重して経営判断には深く入り込まず、経営者の法的責任を安易に認めることはしません。

 一方、労働法分野では経営者の裁量はほぼ認めていません。

 

 経営者はこのことを忘れないように人事制度を設計しなければならないといえるでしょう。

 

以上

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