第90回「ビッグモーター事件と内部統制について」

弁護士の内田です。

 台風の季節ですね。最近は、「10年に一度の」「今までに経験したことがない」「記録的な」と呼ばれる災害が毎年のように発生しているように思います。

 放送業界では災害の規模について何か言い方について取り決めがあるのでしょうか。
 毎年のように「10年に一度の」のような言い方をしていると、市民も慣れてしまって、逆に避難が促進されなくなるように思います。


 さて、本日は連日TVを賑わせているビッグモーター事件について法律家の観点から解説します。切口は「内部統制」です。

 まずビッグモーター事件について簡単にお話します。

 青沼隆之弁護士を委員長とする特別調査委員会の調査報告書によれば、今回、TV報道されている保険金の不正請求等を行っていたとされる自動車鈑金・塗装部門における売上高は、ビッグモーターグループ全体の売上高の2~3%程度に過ぎなかったようです。
 ごく一部の者がやったことでも会社に対する致命傷になりうる、という例だといえるでしょう。

 

 同報告書では、今回の事件が発生した経緯について、
①鈑金工場を急増させたことから見積り等に関する必要十分な知識や経験を有する者が足りなくなっていた
②売上至上主義の風土があった
③内部統制システムが整っていなかった

などの点を挙げており、とりわけ②に関してアット(車両修理案件1件当たりの工賃と部品粗利の合計金額)を上げるよう強い圧力をかけていたことが不適切であったと評価されています。

 

 アットが良い工場長は昇進し、悪い工場長は手続の透明性がない中で次々と降格されていたようで(降格については度々報じられていましたね。)、そういった中でアットを上げるために今回の保険金の不正請求行為が行われるようになったようです。

 なお、報告書は上記アット制度に関して、「そもそも、事故車両に対する修理工賃は、対象車両の損傷状況によって決まるものであって、中古車の買取・販売事業とは根本的に異なり、BP工場従業員らの営業努力によって大きく上下するものではない。」と述べており、それは全くそのとおりだと思います。

 

 さて、ここからが法律的な話になりますが、委員会が指摘している「内部統制」を定義した法律はありません。ただ、内部統制について全く何も定めていないというわけではなく、一定規模以上の会社では、取締役会が「取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備」を決定しなければならないと規定しています(会社法第362条第5項・会社法規則100条)。


 一般的には、これが内部統制について会社法が定めた規定だと理解されていますが、法は具体的に「あれをしろ、これをしろ」といった具体的な規定はしていません。

 金融商品取引法も内部統制報告書の作成・提出義務を定めていますが(同法第24条の4の4第1項、193条の2第2項。いわゆる「J-SOX」と呼ばれている制度ですね。)、こちらについても具体的に「こういう仕組みを構築しなさい。」とは書いていません。


 一応、J-SOXの実施基準について定めた金融庁企業会計審議会が公表している「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」には、内部統制が定義付けられています。
これによれば、「内部統制とは、基本的に、業務の有効性及び効率性、財務報告の信頼性、事業活動に関わる法令等の遵守並びに資産の保全の4つの目的が達成されているとの合理的な保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内の全ての者によって遂行されるプロセスをいい、統制環境、リスクの評価と対応、統制活動、情報と伝達、モニタリング(監視活動)及びIT(情報技術)への対応の6つの基本的要素から構成される。」ということですが、やはり具体的な中身については規定していません。


 
 以上のとおり、法律にしても行政レベルのガイドラインであっても内部統制の具体的内容までは規定していません。それはなぜかということですが、結論から言いますとそれを規定することは不可能だからです。
 会社の規模や業種によって、不正が起こるリスクの潜在状況や現実的に採れるリスク予防策は異なり、「一般的にこうすればよい。」ということは規定できないのです。

 

 では、企業はどのようにして自社の内部統制システムを構築すればよいのでしょうか。
 これを考える上で極めて重要な判例が日本システム技術事件判決(最判平成21年7月9日)です(以下、「本件判例」といいます。)。

 

 事件としては、営業部が多額の架空売上を計上し、有価証券報告書に不実の記載がなされ、結果としてその事実が公表されて株価が下落したというものです。第一審及び第二審は代表取締役に内部統制システム構築義務違反(判文では「適切なリスク管理体制を構築すべき義務を怠った過失」)を認めて賠償を命じたのに対し、最高裁はこれを覆して代表取締役の責任を否定しました。

 


 最高裁は、①通常想定される架空売上の計上等の不正行為を防止し得る程度の管理体制はあったかをチェックし、その体制が整っていた場合には、②実際に起きた不正行為の発生を予見すべきであったという特別の事情がない限り、役員は内部統制システム構築義務違反の責任を負わないという判断枠組みを示しました。
 そして、認定された事実から①の体制は整っていたと評価し、実際になされた不正行為が極めて巧妙なものであったことや同様の方法による不正行為が以前にあったという事情もないことなどを指摘して、②の特別の事情もないとしました。

 

 整理しますと、取締役としては、通常想定されるレベルの不正行為を防止する体制を構築する義務はありますが、それで足り、その構築したシステムをすり抜ける予想し難いような手口で不正行為が行われても原則として責任を負いません。但し、実際に想定していなかった不正行為が行われた場合、若しくは行われそうな場面に出会った場合には、その行為を防止するようなシステムも構築していかなければならない、ということになります。

 

 そうすると、企業人としては「通常想定されるレベルの不正行為」とその防止策について勉強しなければならないということになるのですが、これは法律というよりもリスクマネジメントという領域の話になってきます。
 勿論、上記最高裁判例が出た後、同判決と同じ判断枠組みで判断を示した裁判例がいくつか出ていますが(東京地判平成21年10月22日、東京地判平成27年4月23日など)、事例としては多くなく、裁判例をいくつか読んだからといって内部統制システムの構築が適切に出来るようになるというわけではありません。

 

 取引段階別で発生しやすい不正行為や類型的な不正行為(及びその防止法)については、たとえば入門書のようなものとしては「不正事例で基礎から学ぶコーポレートガバナンス新時代の内部統制」(青野奈々子著)などの書籍があり、本格的に学ぼうと思えば「企業不正対策ハンドブック‐防止と発見‐」(ジョセフ・T・ウェルズ著)などの書籍があります。 J-SOX関連の書籍も多数出版されており、これらも参考にはなりますが、基本的に上場企業を想定したもので中小企業がそのまま真似をしようとすると業務負担過多となり、かえって競争力を失う結果にもなりかねないので注意が必要です。

 

「本格的にやろうとするとこんなに大変なんだ・・・。」というくらいの気持ちで読み、自社へ現実的に取り入れられそうなところだけを取り入れるというスタンスでよいでしょう。そもそも、J-SOXが向いている方向は基本的に投資家であり、究極的には財務諸表の適正確保を目的としていますから、非上場会社(会社法上の非公開会社)が取り入れる必要性の乏しい措置も多く含んでいます。


 
 話はビッグモーターに戻り、本件判例に当てはめて分析してみましょう。
 調査報告書では内部統制体制が整っていなかったという事実として、①会社法が定める3カ月に1回の取締役会が開催されていなかった(よって、取締役会議事録も作成されていなかった)、②前述した会社法第362条第5項の内部統制に関する決定もされていなかった、③コンプライアンス違反やそのおそれがある事案等が発生した場合に代表取締役まで報告が上がる体制が構築されるべきところ、コンプライアンス担当取締役さえ指定されていなかった、④就業規則では賞罰委員会で弁解の機会を与えた上で降格処分をすると規定されていたが、そのような手続が行われていなかった、などが挙げられています。

 


 本件判例に照らせば、「通常想定される不正行為を防止し得る程度の管理体制」が整っていたとはいえず、法的責任を負う可能性は高いといえるでしょう。
 また、仮に「通常想定される不正行為を防止し得る程度の管理体制」が認められたとしても、上述のアット制度の存在や今回の事件以前にも保険会社から多くクレームを受けていたという事実などから「予見すべきであったという特別の事情」が肯定される可能性もあるでしょう。


 
 以上のとおり今回のビッグモーター事件について、役員の内部統制システム構築義務という観点からお話をさせていただきました。
 ただ、法的責任の有無にかかわらず企業不祥事は企業に致命傷をもたらすことがありますので、法的責任を負う負わない関係なく、中小企業においてもある程度の内部統制システムを構築していくべきだといえるでしょう。

 


 いかがだったでしょうか。

 実をいえば、私の周囲にもビッグモーターにお世話になっている人が少なからずいます。「あの修理費は本当に適切だったのだろうか。」「あの下取り価格は適正だったのだろうか。」と、この事件以降、全ての行為が疑いの目で見られるようになってしまっています。こうなると、もう商売は立ち行きません。
 冷静に見ると、預かった車に故意に傷をつけて保険金を請求するという行為に関していえば、顧客の見えないところで車を壊し、直しているだけで、少なくとも顧客に直接的な経済的な損失は発生させてはいません(最終的には保険料増額という形で負担には現れてくるのかもしれませんが・・・)。教訓とすべきは、顧客が裏切りと感じるのは、何も経済的損失を被らされることだけではないということですね。


 
 今回の事件は、法律家としても経営者としても大変興味深い事件であり、今後もウォッチしていきたいと思います。

以上

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