無期転換権への対応
1 はじめに
有期雇用契約の無期転換権という言葉はどこかで聞かれたことがあるのではないでしょうか。無期転換権というと、ざっくりと「5年以上、契約を更新したら、有期労働者から無期契約にして欲しいと言われたら無期契約にしなくてはならなくなる」と理解されている方も少なくないでしょう。
しかし、まず、この認識は間違いです。
本頁では、少しややこしい無期転換権の発生時期、発生要件、及び発生後の効果と、無期転換権対策について解説します。
2 無期転換申込権の発生時期
(1)無期転換権の概要
無期転換権は、平成25年4月1日以降に締結された有期雇用契約又は更新された有期雇用契約が通算して5年を超えて更新等された場合に、労働者に認められる権利で、労働者は会社にいわゆる正社員と同様に「期間の定めのない雇用契約に変えてほしい。」と申し込むことができるようになります。
契約は合意によって成立するのが原則ですが、この無期転換権はその例外を作るもので、この権利が行使されると使用者(会社)は労働者の右申込を承諾したものとみなされます。その結果、使用者(会社)の同意なく、自動的に当該労働者との雇用契約は期間の定めのない雇用契約に切り替わります。
(2)発生時期
それでは、無期転換権はいつ発生するのでしょうか。
平成25年4月1日に平成26年3月31日までの1年の有期雇用契約を締結した労働者がいたとします(以下、「Aさん」と言います)。その後、1年おきに契約が更新されていたのですが、平成29年3月31日の更新時に会社の事情で一年ではなく半年で契約を更新したとします(平成29年9月30日まで)。
その後、元通り、1年の期間で契約を更新した場合(平成29年10月1日から平成30年9月30日まで)、契約期間が通算して5年を超えるのは平成30年4月1日以降であるから、Aさんに無期転換権が生じるのも平成30年4月1日以降になるのでしょうか。
実は、これは違います。
労働契約法18条は「5年を超えた」ではなく「5年を超える」という規定をしており、労働契約法施行通達でも契約期間が5年を超えることとなる有期労働契約の契約期間の初日から無期転換権が発生し、かつ、行使できるとの解釈を示しています。
したがいまして、上記例だと、Aさんは会社に対して、平成29年10月1日から無期転換権を行使することができるということになります。
(3)要件
ア 要件概略
無期転換権の発生及び行使要件は、①同一の使用者との間で締結された、②2以上の有期労働契約の、③契約期間を通算した期間が5年を超える、④労働者が、⑤当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、⑥当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたとき、ということになります(労働契約法第18条)。
イ 要件①について
まず①の使用者の同一性ですが、これは労働契約を締結する法人単位で判断されます。ですので、5年を超える前に他のグループ会社に雇用を切り替えた場合には、そこで期間の通算は途切れることになります。
もっとも、露骨に無期転換権の発生を避けるためにグループ会社に雇用契約を切り替えた場合には、権利濫用として通算を免れないと考えられます。
ウ 要件②について
次に②ですが、あくまで有期雇用が2回以上続いていれば良いので、更新前と更新後の契約で時給や労働時間などの期間以外の条件が異なっていても、この要件を充たすことになります。
エ 要件③について
③について重要なのは、「クーリング期間」です。
非常に複雑なのですが、このクーリング期間を間に挟むと、5年のカウントは一旦0に戻ります。たとえば、4年間契約の更新が継続していても、そこで契約を更新せず、その1年後に再度有期雇用契約を締結した場合、5年のカウントはまた1年目からスタートするということになります。
このクーリング期間のルールを整理すると以下のとおりになります。
Ⅰ 最初に到来する無契約期間が、その前にある有期雇用契約の契約期間に2分の1を乗じて得た期間よりも短い場合には、無契約期間を挟む2つの契約は連続するものと認められる。
例)12カ月有期雇用→5ヵ月無契約→6カ月有期雇用の場合、5ヵ月無契約の期間はクーリング期間と認められない。
Ⅱ 上記アの「その前にある有期雇用契約の期間」は、アのルールで計算した期間により決まる。
例)4ヵ月有期雇用→1ヵ月無契約→4ヵ月有期雇用→3カ月無契約の場合、3カ月無契約の「その前にある有期雇用契約の期間」は8カ月となる。
Ⅲ 「2分の1を乗じて得た期間」に1ヵ月に満たない端数があるときは1ヵ月単位で切り上げ、6か月以上となる場合には、無契約期間が6か月未満であるときは有期契約が連続するものとして取り扱われる。
例)3カ月 × 2分の1 = 1.5カ月 ⇒ 2か月に切り上げ。
18カ月有期雇用 × 2分の1 = 9カ月 ⇒ 6カ月で足りる。
また、有期雇用契約の期間に1ヵ月に満たない端数があるときは、端数の合算について30日をもって1ヵ月とカウントします。
オ 要件④について
「労働者」に該当するかどうかは実質的に判断されますので、契約書上請負や委任になっていても、実質が雇用契約であれば労働者に該当することになります。
カ 要件⑤について
ポイントは無期転換権の行使は、「現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日まで」とされている点です。
会社は、5年超えることになる有期雇用契約が更新拒絶により終了した後に無期転換申込権を行使されたとしても、これに応じる必要はありません。
キ 要件⑥について
無期転換権はあくまで有期という点を無期にするものに過ぎませんので、たとえば、労働者から「今の契約の満了日の1ヵ月後である〇月○日から無期雇用契約に変えた上、賃金を〇〇万円にしてほしい。」などの要望があった場合など、それが無期転換申込権の行使ではなく単に労働条件の変更の申込みをするにとどまると解される場合には、無期転換権の行使とは認められません。
上記例では、無期転換権が行使された場合の無期契約の始期は有期雇用契約の期間満了日の翌日からと解されているので、特定時期を指定する上記申込みは無期転換権の行使とは認められないと考えられます。
会社としては、労働者から上記のような申込みがあった場合には、その趣旨を確認し、場合に応じて、適切な申出書の提出を促すなどした方が良いでしょう。
3 無期転換権が行使された場合の効果
(1)無期雇用契約の開始時期
従前の有期労働契約の期間満了日の翌日からということになります。
平成30年2月28日に権利行使がなされ、その労働者の有期雇用契約の期間満了日が平成30年4月30日の場合、無期雇用契約の開始は同年5月1日からになります。
(2)期間以外の条件
従前の有期雇用契約と変わりません。簡単に言ってしまえば、ただ「有期」が「無期」になるだけです。
但し、就業規則との関係では注意が必要です。たとえば、就業規則を有期雇用労働者と無期雇用労働者で分けていた場合、無期転換後に就業規則作成時には有期雇用労働者に適用することを想定していなかった無期雇用労働者に関する規定が適用されることになるなどの事態が発生するからです。
この点については後述の「対策」に詳しくご説明します。
「あれ、思ったより大したことないじゃないか。」と思われるでしょう。たしかに、世で騒がれているほど大きな影響はありません。
有期が無期になることで会社に発生する一番大きな不利益は、「辞めさせるのが難しくなる。」ということです。有期雇用の場合、後で述べる「雇止めの法理」が適用される場合を除き、基本的には大した理由がなくても期間満了を理由に会社を辞めてもらうことができますが、無期になると労働者が自ら退職しない限りは会社が当該労働者を「解雇」しない限り退職させることはできません。
4 対策
(1) 雇止め法理
ア 内容
無期転換申込権の対策についてご説明するためには、雇止め法理についての説明を避けることができません。雇止め法理とは、①有期雇用契約の当然のように更新され続けて無期雇用契約と実質的に異ならない状態になっている場合、②有期雇用契約の期間満了時に契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由がある場合には、使用者(会社)は、客観的合理的理由があって、社会通念上相当と認められない限り、更新を拒絶することができないとするものです(労働契約法19条)。
上記①及び②の条件を既に満たしている場合、殊更に無期転換申込権の行使を避けようとして更新を拒絶しても、労働契約法19条により更新を承諾したものとみなされることになります。
裁判で更新拒絶の有効性を争って負けた場合には、会社は、裁判での敗訴判決確定までの賃金を一括して支払わなければならなくなりますし、その後も雇用契約が継続することになります。
イ 判断基準
では、どのような場合に上記①や②の要件を充たすと判断されるのでしょうか。
判例の一例を挙げますと、たとえば、①について、(Ⅰ)期間2か月の契約が5~23回にわたって更新され、(Ⅱ)仕事の種類・内容が他の同種の正社員と変わりがなく、(Ⅲ)他に2か月で雇止めされる事例がなく、(Ⅳ)採用時に正社員への登用を期待させる言動があり、(Ⅴ)契約更新時の契約締結手続がその都度きちんと速やかに行われていなかった、という事案で実質的には無期雇用と変わりがなかったと判断されています。
②については、(Ⅰ)採用時に長期間働いてほしいとの言動があったこと、(Ⅱ)有期雇用労働者の就業規則に長期雇用を予定する規定が設けられていたこと、(Ⅲ)更新に際して面接などがなく、形式的な手続しかとられていなかったこと、(Ⅳ)同様の地位にある他の労働者について過去に雇止めの例がほとんどなかったこと、から契約更新の合理的期待が発生していたと判断されています。
これらの判例を分析すると、雇止め法理の適用を避けるためには、(Ⅰ)採用時に長期雇用を期待させるようなことは言わないこと、(Ⅱ)有期雇用の労働者と無期雇用の労働者との仕事内容には差を設ける事、(Ⅲ)更新が望ましくなり労働者との有期雇用契約は安易に更新しないこと、(Ⅳ)契約更新前には面談をして、更新する場合には更新契約書を取り交わすこと、などが基本的な対策ということになります。
(3)無期転換申込権対策
ア 事前策(就業規則等の整備)
無期転換申込権を行使されないためには、5年以上通算して有期雇用契約を更新しないという方法を採るしかありません。
もし、既に5年を超えている場合には、上述したとおり無期転換申込権は「現に締結されている有期雇用契約が期間満了により終了するまでの間」に行使しなければならないことになっているので、次期の更新期に更新しないという選択を採るほかありません。
また、「うっかり5年を過ぎることになってしまった!」とならないように、無期転換申込権を意識した規定を就業規則に盛り込んでおく必要があります。
たとえば、
第○条(有期雇用の期間)
1 有期契約社員の契約期間は2年以内として個別の雇用契約書を締結してこれを定める。
2 前項の契約期間は、会社の業績、契約期間満了時の業務量、勤務成績等を総合的に考慮して更新することがある。
但し、通算契約期間は5年を限度とし、これを超える更新は行わない。
と定めておけば、人事担当者も就業規則を見て通算期間が「5年」を超えていないか注意してみることができますし、前述した雇止め法理の適用も回避することができる可能性が高くなります。
労働契約法18条は「別段の定めがある場合を除く」と書いていますので、就業規則に無期転換申込権が行使された場合の労働条件を定めておけば、もし無期転換申込権を行使されても労働条件はそれに従うことになります。
ただ、就業規則の変更により労働条件を不利益に変更することになる場合には、労働者の個別の同意を得るか、労働契約法第10条の要件を充たさなければなりません。また、労働者の同意を得る場合、単に書面に署名押印してもらえばよいというわけではなく、判例上、「労働者の自由な意思に基づいてされたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」と認められなければなりませんので、説明経緯に関する資料や同意書などを入念に準備しておく必要があります。
イ 事後(無期転換申込権の放棄
会社が一方的に就業規則を変更して無期転換申込権を行使することはできないと定めても強行法規違反で無効と解されます。
では、労働者から任意に無期転換申込権を放棄するよう説得し、放棄書面を書いてもらうということで無期転換権利を消滅させることはできるのでしょうか。
この点については今後の裁判例が出てこないと何とも言えないところですが、賃金減額の合意と同様に、真に労働者が同意して放棄したものと証明できるのであれば、有効となる可能性は十分にあると考えられます。
仮に無期転換申込権の放棄が有効と認められたとしても、有期雇用契約が更新されて再び無期転換申込権が発生してしまっては意味がないので、実際には、一定の金銭を支払って合意退職してもらうことになるでしょう。
5 おわりに
無期転換権制度は、一言で言ってしまえば「従業員を辞めさせることが難しくなる制度」です。ただ、これを反対に「優秀な有期雇用労働者を会社に留めるのに役立つ制度」と捉えることも可能です。
就業規則に「別段の定め」を設けることにより、無期転換後の労働条件は労働者に不利益にならない限り自由に設計できますので、魅力的な無期転換後の労働条件を定め、優秀な人材に「5年を超えて契約が更新された場合には昇給や業務範囲の拡大(より一層の活躍)がある!」と思ってもらえれば、人手不足の解消に無期転換申込制度が役立つことになります。
無期転換権は、会社によって評価が大きく異なる制度だといえるでしょう。