M&Aについて
1 はじめに
最近では、中小企業のM&Aも増えてきています。
M&Aが増加傾向にある背景の1つとして、経営者にM&Aの有用性が広く知られるようになったことが挙げられます。
たとえば、建築業を主たる事業とするA社が多角化戦略によりホテル業を始めようとしたとき、A社自身で1からホテル業に関する知識・ノウハウを習得し、またホテル業に明るい人材を確保しなければなりませんが、有望なホテル事業会社を買収すれば、短期間のうちにホテル業に関する知識・ノウハウ・人材等を取得して収益化できます。
M&Aの増加傾向のもう1つの背景事情が「後継者不足」です。
後継者がおらずそのままでは清算されるのを待つだけの有望な会社を他の会社が買収するわけです。
買われる会社の経営者としては会社を存続することができ、かつ、退職金代わりにまとまったお金を得られますし、買う会社の経営者としては有望な会社を取得できるということで双方に大きなメリットがあります。
M&Aは、プロセスを大きく分けると、①M&Aの目的の明確化→②対象会社の選定→③スキームの設計(株式譲渡にするのか、事業譲渡にするのかなど決める。)→④対象会社へのアプローチ→⑤基本条件の交渉及び基本合意の締結→⑥デューデリジェンス(以下、「DD」と言います。)及びバリュエーション(対象会社が抱えているリスク等を調査して価値を評価する。)→⑦最終契約の交渉及び締結→⑧クロージングの準備及びクロージング→⑨PMI(買収後統合作業)となります。
また、M&Aには、弁護士、公認会計士、税理士、FA(Financial Adviser)などの専門家が関わります。
2 M&A手続の簡略化
上記のとおり、通常、M&Aの手続は大変で、関わる専門家も多いことから高コストになりがちです。しかし、買収規模が小さい場合や買い手・売り手の意向次第では比較的簡単にM&Aを実現できる場合もあります。
M&Aで作業量として大きな比重を占めるのが⑥のDDです。
DDでは、買われる会社(対象会社)の価値を財務諸表等から金銭評価しつつ、買われる会社(対象会社)に未払残業代はないか、脱税をしていて追徴課税されるリスクはないか、現在使っている不動産・動産は今後も使えるような契約になっているのか、など計算書類を見ただけでは分からない潜在的な債務(潜在的リスク)を調査して、買収価格に反映させるなどします(DDの結果によっては取引自体が白紙になることもあります。)。
この作業に多くの時間とコストがかかるのです。
逆にいえば、DDを省略してしまえばM&Aは比較的簡単に行うことができるということになります。買う側の経営者が経営者の勘的なもので「価格は1億円!」と決めてしまい、「買われる側の社長を信頼しているからDDはしなくていい!」と言い、買われる側の経営者が「では、1億円で売ります!」と決めてしまえば、あとは契約書を作成して株式譲渡等の手続を行うだけになるというわけです。
これは極端な例ですが、実務においても、時間とコストの関係で、DDを買う側が特に気になる部分に絞って行うことがよくあります。
たとえば、ホテル事業をしている会社を買収する場合、最低限、税務関係(対象会社の未払税、及びM&A自体の税務など)・土地建物の権利関係(借地借家権など私権関係、及び都市計画法・建築基準法等の行政規制関係など)、だけを確認しておくという具合です。
決して、M&Aは「中小企業には関係ない。」というものではなく、むしろ、経営資源に乏しい中小企業こそ活用すべき戦略といえます。
3 PMI
法律的には、株式を100%取得してしまえば、その会社は買収者のものとなりますが、買われた会社には買われた会社のそれまでのやり方・ルールがありますし、そこにいるのは「生の人間」です。
ですから、当然、株式を100%取得しただけでは1つの企業として上手く機能しません。買収後、1つの企業として最大のパフォーマンスを発揮するための統合作業が必要となるのです。
PMIの手法は「これが正解」という決まったものがあるわけではありませんが、以下ではその一例について紹介します。
まず、M&A実行段階において、買収者(買主会社)が対象会社(売主会社)を買収する目的としていた「シナジーの創出」という観点から、単年度・中期経営計画を策定します。
次に、上記計画の実現のために必要な現場レベルでの戦略策定や業務上の懸念等の解消を行うために、買収会社と被買収会社の役員・従業員でチームを組成して、アクションプランを検討します。
同時に、企業文化や仕事に対する価値観の相互理解のために、買収会社と被買収会社の交流会等のイベントを開催して、価値観の共有を行います。
また、組織構造・労働条件・人事評価・職務分掌・会計基準・IT関係などのガバナンス面も整合させていく必要がありますので、その設計・構築も行っていきます。
その後は、見込んでいたシナジーの創出が実現できているかどうか、経営計画に照らしてモニタリングしていき、必要があればオペレーション・ガバナンス等の修正・改善を行っていきます。
労働条件等の法律が絡む部分も少なくありませんが、「仕事をどう連携してやっていくか。」という非法律的部分が大きなウエイトを占めます。
M&Aを考えるときは、このPMIを必ず念頭におかなければなりません。
買収後に上手く統合できるかどうかも検討しないまま多額の買収代金を支払い、いざPMIの段階に移ったら被買収会社の従業員が「おたくのやり方にはついていけない。」と言い出して大量離職してしまった・・・買収した意味がなくなった(見込んでいたシナジーの創出が出来なかった)・・・ということになっては目も当てられません。 そのために、事前にDDを行ったり、買収後の予期しない事象が発生した場合の処理について定めた詳細な契約書の作成が必要となるのです。
4 M&A実行の判断
DDの結果、特に潜在的リスクもなく(若しくは、あったとしても容認できる程度のリスクであった場合)、PMIも上手くいきそうだ、ということであれば良いのですが、実際にはそういかないことが少なくありません。容認し難い潜在的リスクが見つかることもありますし、売主会社が情報開示に非協力的でリスクを把握できない場合もあります。また、会社を辞めるのは基本的に従業員の自由ですから、売主会社の「人」が離れるリスクは完全に排除することはできません。
容認し難いリスクが判明した場合にはM&Aを実行しなければよいだけです。他方、①一見すると問題なさそうだがリスクを把握しきれないという場合や、②買収後に売主会社の優秀な従業員が離脱する可能性が相当程度ある場合は、判断に迷います。
基本的に、買収金額が低廉であればそれほど気にしなくてもよいのですが、買収金額が自社にとって大きな負担になる場合については慎重に検討しなければなりません。
基本的には、①の場合、買収目的の根幹に関わる領域についてリスクの有無及び程度が判明しなければM&Aを実行するのは差し控えるべきです。たとえば、A会社がゴルフ練習場を経営しているB会社を買収しようとしているとします。このとき、B会社が使用している土地の所有者がB会社ではない場合、B会社と土地の所有者との間でどのような借地契約が締結されているかを把握することは必須です(買収後に、土地所有者から「使わせない」と言われると買収した意味が無くなってしまうからです。)。この借地関係について情報開示がなされない場合、A社はM&Aを実行すべきではありません。
一方、②の場合については、M&Aをあきらめるべきはないといえます。「買収後の優秀な従業員たちの離脱」はいかなる対策を講じても絶対的に回避することはできません。買収前の折衝や買収後のコミュニケーションによりなるべくその発生可能性を低減するほかないのです。不安があるのであれば、その分、離脱防止策を厚くするべきで、M&A自体を止めるべきではありません(勿論、買収前から従業員が「買主会社の下では働きたくない。」と表明している場合など、離脱防止策を尽くしても買収後の従業員大量離脱が生じることは明らかという場合、止めるべきでしょう。)。
5 表明保証とDD
M&Aの契約書においては、「売主は買主に対し、対象会社には、未払賃金がないことを表明し、保証する。」といった条項が記載されることがほとんどです。これを表明保証条項と言います。
表明保証した事項について違反した場合には、原則として買主は売主に損害賠償請求をすることができます。
そうすると、「表明保証さえしてもらえばDDは必要ないのでは?」と思われるかもしれません。しかし、そうでもないのです。
裁判例は、DD実施時点で既に買主が知っていた、又は当然知り得べきであった事実に関しては、たとえ表明保証で損害賠償義務が定められていたとしても、損害賠償を請求することは許されないとしています。
また、仮に、表明保証条項に基づいて損害賠償請求が理論上は可能であっても、①実際に裁判で賠償を求めるには時間がかかりますし、②一般的に経済的損害の立証は困難なことが多いです。③請求時には売主が無資力になっていることもあります。
以上のことから、やはり、企業買収の際には表明保証がある場合であっても、DDが必要ということになります。