第20回メルマガ記事「残業代請求に対する反論①」 2018.5.10号
弁護士の内田です。
最近、企業の皆様にさらにお役に立てればと思い、中小企業診断士試験の勉強を始めました。
7科目あるうちの一つ、経済学ですが・・・大学で一度は勉強したはずなのに聴いた記憶のない専門用語のオンパレードです。よく分からない専門用語を前提とした専門用語もどんどん出てくるので、余計にわけが分からなくなります。
弁護士のアドヴァイスを聴いている相談者様もひょっとしたら同じような想いをしているのではないか、と思いました。専門用語は噛み砕いて、分かりやすく説明するよう心がけようと思った今日この頃です。
さて、今回のテーマは残業代請求に対する会社の防御方法です。第1回は総論的なお話しを、第2回は各論的なお話しをしたいと思います。
一般的には「残業代」と言われていますが、正確には割増賃金請求権と言い方になります。会社は、労働基準法で定められた労働時間(1日8時間、週40時間以上など。)を超えた場合には、通常の賃金に一定の割合を乗じた金額の賃金を労働者に支払わなければなりません。
それでは、そもそも「労働時間」とは何なのでしょうか。
判例等で、労働時間は、「使用者(会社)の指揮監督のもとにある時間」と定義されています。雇用契約書等で定められている「午前8時から午後5時まで」というように書かれている時間(これを「所定労働時間」と言います。)とは別のものです。
要は、実際に働いていれば、会社と労働者がどのような合意をしていても、原則としてその働いていた時間は「労働時間」になるということですね。
ただ、労働時間の定義は曖昧ですよね。ですから、朝、会社に着いて着替えをする時間、朝礼の時間、仮眠時間、研修の時間などは「労働時間」に該当するのか過去に争われた事案が多数あります。
結論から言いますと、裁判所は、休んでいるような時間でも、お客様が来たり緊急事態が発生した場合に対応をしなければならない状態であった場合には、現にお客様が来たり緊急事態が発生しなくても、その時間は労働時間と考えます。たとえば、仮眠時間でも、業務マニュアル等に「仮眠中であっても〇〇が発生した場合には〇〇しなければならない。」と記載があれば、基本的に仮眠時間も労働時間と認定されるわけです。
そして、重要なことは、労働事件全体について言えることですが、裁判所は形式だけでなく実態を重視します。
たとえば、業務マニュアル等で「朝礼への出席は任意です。」とか「仮眠時間は〇〇が発生しても対応する義務を負わなくてもよいです。」などと定めていても、実態として朝礼への全員出席が常態化していたり、仮眠時であっても緊急対応をせざるを得ないような状況がある場合には、やはり、労働時間と認定されるのです。
ところで、労働時間を直接証明するような証拠(タイムカードや出退勤簿など)がない場合、「残業」はどのように認定されるのでしょうか。
「残業」したことの立証責任は労働者にあります。ということは、タイムカード等がなければ「残業」の立証はできず、残業代は請求されないのではないか?と思えますが、そう甘くはありません。
裁判所は、労働者の日記やメールのやりとりなどの断片的な証拠からもある程度推認して労働時間を認定します。このような認定方法の背景には、「本来、会社は労働時間をきちんと把握・管理しなければならないのであるから、それを怠った責任を労働者に転嫁してはならない。」という考えがあります。
以上、残業代の大前提となる「労働時間」に関する考え方です。
では、会社は、予期に反して労働者から「残業代を払え!」と言われないため、また、言われたときにどのように対処すれば良いのでしょうか。
労働関連法規はとかく労働者に有利に作ってあると認識されておられる方も多いかとは思いますし、たしかにそれはそのとおりなのですが、ちゃんと会社側の事情も考慮した制度も設けています(また、法律ではなく判例上認められた制度もあります。)。
次回は、それらの制度などを利用して、会社が採りうる対処法についてお話します。
Column なぜ、労働時間で賃金が決まる?
多く会社では、特定の成果を期待して労働者を雇っています。ですから、会社からすると、「成果を無視して労働時間だけで賃金をとやかく言うのはおかしいのではないか。」と思うこともあるでしょう。
元々、労働基準法は、工場法という工場労働者保護を目的とした法律をベースになっていて、工場に拘束して一定時間決まった労働を行わせるという工場の労働モデルを前提に作られています。それで、労働者を拘束する時間=賃金発生時間という考え方で賃金設計をしているわけですね。
ですが、現在、工場労働者は減少し、サービス業などの仕事が多くなり、「拘束時間」と「成果」との結びつきが薄れてきています。言ってしまえば、労働基準法は「時代に合わなくなってきた。」のかもしれません。
今後、労働時間に対してではなく成果に対して金を払うという意識がより一層強まってくれば、「雇用」ではなく、「委任」や「請負」の方が多くなってくるかもしれませんね。
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